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未知標  作者: 一族
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第二〇二話 きざし(二四)

 七月の最後の週末は、LBAのオールスターウイークエンドだ。静と美鈴は前半戦の活躍が認められて、見事、オールスターゲームに選出されていた。アーティとアリソンは得票数一位と二位で、チームキャプテンとして相対することになっている。シェリルも順当にメンバー入りだ。

 今年の開催地はアリゾナ州サラマンド市である。静はアウェーでのミーティア戦を経験していないので、初めてのサラマンドとなった。

「……暑過ぎませんか」

 サラマンド市は高温乾燥の地として名高い。レザネフォルでの対決以来、半月ぶりに顔を合わせた美鈴に静は泣き言だった。オールスターゲーム参加者に割り当てられた市内のホテルでの一幕である。

「すごい乾くんで、水分は多めにね。それと、日中はできるだけ外に出ないこと」

「出ませんよ」

「この前、外が四五度になってた」

「ええ……?」

 オールスター前夜のレセプションには、二人を訪ねて日本からの客があった。『バスケットボール・ダイアリー』誌編集長の山寺和彦だ。レセプションの会場となったホテルの大ホールで、再会を祝しての乾杯である。といっても、未成年の静、好きではない美鈴、下戸の山寺、という顔ぶれだったので、手にしたグラスの中身はソーダ水だった。

「いや。ようやく来られたよ」

 正式の招待状を携えての参加となった山寺は、着慣れないというタキシードの襟元をしきりに気にしつつ、深々とした吐息だった。なんでも、LBAオールスターゲームへの日本人初出場、それも二人同時に、という快挙を受けて、ようやく旅費交通費の申請が通ったのだとか。二人の活躍があっても、なおLBAの日本での知名度はもう一つといったところだった。せめて日本でも人気の高い男子プロや、日本人の有望選手が挑戦して、にわかに注目を浴びている大学男子バスケなどと併せて取材ができればいいのだが、それら全てが終わったころにLBAのシーズンは始まるのである。

「やっぱり、日本だとユニバースで結果を出さないことには、なかなか注目されないね」

 来夏に開催される四年に一度のスポーツの祭典「ユニバーサルゲームズ」への、日本人の関心の高さを山寺は言っているのだ。日本人は、世界でも有数のユニバース好きとされている。

「でも、今回は大きな流れが来てると思うんだ。どうだろう」

「ですね。今回のチームなら、きっといいところまで行けますよ」

 人ごとのような、美鈴の返答である。

「いや、僕が言っているのは、そう、うん」

 山寺が口ごもった。静が三人組から離れようとしていたのだ。静と、全日本ヘッドコーチの中村との敵対関係は、女子バスケットボールの世界に関わりを持つ者で知らない者はいない。故に、美鈴はひらりと身をかわし、山寺の語尾も曖昧になっていったのであった。

「ええ、と。二人は、今日のファッションは、どこで? 写真、いいかな?」

「いいですよ」

 美鈴、静を引き寄せると、イェーイ、だ。静も釣られて、イェーイ、である。これを山寺が持参のカメラで、ぱちりとやる。

「これはアリーと一緒に作ったんです。出してもらっちゃった」

 美鈴の装いは紫のストラップレスドレスだ。一緒に作ったという二着の違いは、スカート部分に広がりを持たせているのが美鈴モデルで、タイトなシルエットがアリソンモデルである。

 一方の静は、GT11製LAシャインレッドのパンツスーツだ。アーティとは完全なおそろいになっている。

「せっかくのレセプションなんだし、スーちゃんも冒険したらよかったのに」

 ぱんと自分の裸の肩をたたきながら美鈴が言った。

「考える前には、アーティが、これで出る、って持ってきたんで。でも、助かりました。私、こっちにカジュアルな服しか持ってきてなかったんで」

「まだ、こっちでショッピングを楽しんだり、とかは、なし?」

 山寺の問いに静は首を縦に振った。

「はい。免許もないし」

「乗せていってもらえばいいじゃん」

「アーティと一緒だと、あの人が払っちゃうんで、頼みにくい」

「なるほど。いやー。実に貴重な声だ。やっぱり、現場に来ないといけないね。よし。この調子で、こっちでのこと、どしどし聞かせてもらおうか。社長さんに話は聞いてるよね? よろしくお願いするよ!」

 山寺は力み返っているが、それも無理はない。神宮寺静と市井美鈴のプライベートな音声というのは、誠に貴重なものなのだ。神宮寺孝子の理念が郷本尋道によって体を成した、カラーズの対外的なつれなさは、例外なくアメリカにも及んでいた。リーグ、チームによるオフィシャルな会見以外は行わない、という意向にエージェントのエディは誠に忠実で、その守備力は鉄壁だ。

 このカラーズの姿勢も、LBAが日本ではじけ切らない要因の一つではあったろう。もっと大々的に、とは部下たちの具申を聞くまでもなく、山寺の思うところではある。しかし、それをうかつに言い出すのは危険極まりない。何しろ、カラーズはジャーナリズムを必要としていない。充実した内容の公式サイトを用意して、ここを見てくれ、とファン層に直通を訴えかけている。その手法がうまく稼働しているのだ。

 カラーズの旗頭たる神宮寺孝子は、全く仮借のない人物である。彼女のかんに障るようなことをすれば、即座にばっさりといかれる。直接対決で思い知っている山寺は、率いるダイアリーの方針をカラーズへの隷属としたのだ。ジャーナリストにあるまじき弱腰、などという声も聞こえてこないではなかったが、山寺は無視した。カラーズの剛直への個人的な評価と、若い世代に集中している才能たちへの期待と、これら二つを計算に入れて、山寺は取り合わなかったのである。

 こうした山寺の忍従が、今回、望外の成果を生んだ。二人のオールスターゲームへの選出に合わせ、渡米する意向を報告しに参上したところ、LBAからオールスターウイークエンドの招待状が届いたものの、誰も都合が付かないので進呈する、との申し出だった。現地での取材も、あっさりと許されている。

 謝意に対する孝子の返しは、取り澄ました会釈のみであった。まだまだ気を許したわけじゃないぞ、調子に乗るなよ。山寺の読みっぷりには、静も美鈴も顔を見合わせて笑うしかない。

 その時、場内が、どっとざわめいた。

「そろそろ『ドラフト』みたいだね」

 山寺の声に、静と美鈴の視線はホールの奥に設置された壇へと向けられた。壇の上にはアーティとアリソンの姿がある。オールスター投票で得票数一位のアーティと二位のアリソンが、チームキャプテンとして共に戦う選手を指名するのだ。それも、今から、である。「ライブ・ドラフト」――レセプションの目玉として大いに喧伝されていた斬新な企画だった。

 美鈴が静の肩を抱いた。触れるぐらいに頬を寄せて、いたずらっぽく笑う。

「味方かな? 敵かな?」

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