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未知標  作者: 一族
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第一九九話 きざし(二一)

 LBA初の日本人対決は、開幕から一カ月強が過ぎた七月初旬の一戦だった。舞台はカリフォルニア州レザネフォル市。エンジェルスのホームアリーナ、ザ・スターゲイザーに、サラマンド・ミーティアを迎えてのナイトゲームである。

 ここまでの静の歩みは、順調過ぎるぐらいに順調だった。得意のスティールに加えて、優秀なフィニッシャーたちのおかげで、せっせとアシストも稼げたりで、個人タイトル二部門の一位をひた走っている。新人王の有力候補に躍り出た、とか。七月末に開催されるLBAオールスターゲームへの選出も見えてきた、とか。褒めそやす周囲の声も、日増しにかしましくなっていた。

 しかし、静に浮かれるそぶりはない。実際、浮かれている場合ではなかった。北崎春菜である。順風満帆のアメリカ生活に、静は慢心しているのではないか。大学代表女子バスケットボールチームを世界一に導き、自分の立ち位置を示すことで静を発憤させる、などとはた迷惑な動機から参加した先で、大暴れしていた。共に合宿を張る全日本を向こうに回して、一段劣る大学代表を自由自在に操り、完膚なきまでにたたきのめした、との報が入ってきた。とんでもないことだ。勝手に忖度され、幾分、不快の念を抱いていた相手へのわだかまりは、どこかへ吹き飛んでいた。

「スーちゃん、久しぶりー」

 試合前のウオーミングアップである。約二カ月ぶりの再会となる市井美鈴がやってきた。アウェーゲームなので、美鈴のまとっているジャージーは、ミーティアのチームカラーの紫だった。

「お久しぶりです」

 対する静はホームゲーム仕様の白いジャージーに身を包んでいる。

「……見て。あっちは、またやってる」

 美鈴が顎をしゃくって指し示したのは、アーティ・ミューアとアリソン・プライスだった。にやにやしながら、何やら言い合っている。今年のLBAドラフトを騒がせた、例の「AとA」も再会なのだ。

「あの二人、実は、仲よしですよね」

「うん。……そうだ。スーちゃんや」

「はい」

「スーちゃんは、日本のニュース、ってチェックしてるか? ニュースっていっても、バスケ絡みの」

「いえ。全然」

「じゃあ、知らないか。私も、こっちに来てからは、本当にノータッチで。……春菜が大学代表にいるらしいんだけど」

「ああ。それなら、知ってます」

「今、チェックしてない、って言ったじゃんか」

 元はといえば、静に対する春菜の忖度は、各務智恵子が起点となっていた。各務が静を褒めたたえ、その評価を春菜がくさし、さらに、そのくさされた内容を各務が静に伝えた、という流れだ。

「……なんだよ、それ。春菜は私のことは何も言ってないのか」

「それは、まあ、今回の話は、各務先生と春菜さんの口げんかに私が巻き込まれたみたいなもので……」

「くっそ。もう……。あのとき、もっと全日本をぼこぼこにしておけばよかったのか?」

「いいじゃないですか。慢心してる、みたいに言われるよりは。私、かなりむっとしたんですよ」

「いや。触れられないほうが駄目。許さんぞ。春菜。今日、スーちゃんをぼこぼこにして、サラマンドに市井美鈴あり、って思い知らせてやる」

「私、関係ないのに、巻き込まないでくださいよ……」

 試合では、ポジションの違う静が美鈴に絡まれる回数は、それほど多くなく、幸い、ぼこぼこ、にされることはなかった。代わりに被害に遭ったのは、エンジェルスのシューティングガード陣だ。狂乱したかのような勢いでスリーポイントシュートを打つ美鈴を止められない。実に一五本をたたき込まれた。美鈴は、一試合当たりの平均得点が三〇点を超す、目下のリーグ得点王である。にしても、ひどいありさまだった。

 本来、エンジェルスとミーティアとの対戦は、アーティとアリソンの因縁が見せ場と目されていたのだ。しかし、美鈴は敢然と主役を強奪していった。一試合一五本のスリーポイントも、同じく一試合五五得点も、リーグのシーズン記録だ。この偉業を前にしては、史上初の日本人対決とやらに出る幕はない。得点とアシストで二桁を記録するダブルダブルは、全く悪くない成績なのだが……。しっかりと巻き込まれてしまった静であった。


 ――その一〇日後、台湾において開催されていた世界大学スポーツ選手権大会で、春菜を擁する全日本大学代表女子バスケットボールチームがゴールドメダルに輝いた。決勝戦の相手であるアメリカチームを、全く寄せ付けない完勝劇だった。

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