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未知標  作者: 一族
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第一九八話 きざし(二〇)

 中村の春菜詣では続いていた。大学代表では、食事の際に春菜の前の席を空けておくことが暗黙の了解となっていた。

 しかし、もはや中村が全日本の話題を口にすることはない。明言したとおりに春菜の招聘は諦めたのだ。では、なんのための春菜詣でかというと「至上の天才」との会話に興じるためだった。権高になっていた自分への糧として、春菜の口から飛び出してくる遠慮会釈のない言葉たちに身をさらすのだ。……毎食ごとにやってくるが、大した話をするでもない。何か言いたいことでもあるのか、と問うた春菜に中村が返してきた来意が、これであった。

「また失言したんですね、私は」

 返しへの返しは、もちろん、ものすさまじい。

「失言……?」

「前の合宿のときに、各務先生とお話になってましたよね。その時に出ませんでしたか。私がここに乱入してきた理由」

「ああ……。神宮寺にはっぱをかける、とかいう」

「そちらもですが、大学代表を世界一にして私の立ち位置を示す、のほうが最悪でした。おかげで有言実行する羽目になって。今回も、そうですよ。むっつりとした大男が、いつも目の前にいるなんて。中村さんなんか無視すればよかった」

「……まあ、そう嫌わないで。バスケの話じゃなくていいんだ」

 故に、会話の内容は多岐にわたる。

「取り立ててはないですね。中村さんは何かありますか?」

 好きなスポーツはあるか、という話だった。

「私は、野球だな」

「観戦に行ったりとか?」

「そこまでじゃない。テレビだ。一試合の時間がかかるのが、いいんだ。ぼうっと眺めながら、ビールだよ。このスタイルなら、金もかからないしな」

「じゃあ、好きなチームとかも?」

「ない。野球なら、なんでも。プロだけじゃなくて、学生や社会人も見るよ」

「その程度でいいなら、私はサッカーですね。サッカーというか、舞浜F.C.の奥村さんが好きなだけなんですけど」

「ほう。意外だな。奥村といったら、あの美男子の、だろう? 君は、そういう方面には全く興味がない人かと思ってた」

「あのクラスにまでなると、さすがに目に入ってきます」

「どちらかが、ドイツの方なんだっけか」

「お父さまですね。しかし、あの人を見ていると人生の不条理を感じますよ」

「ん……?」

「あんなにサッカーがうまいのに、顔までいいんですよ? 私も女子バスケ界での傑出度なら、男子サッカー界における奥村さんに匹敵すると思ってますけど、惜しむらくは、顔が。私、おかめさんみたいなんですよね」

 中村、噴き出すのを懸命にこらえている様子だった。

 こんな話題も出た。

「試験は、どうだね。いけそうかね」

「はい。空いた時間で勉強してますし。帰ったら、お姉さんにもみっしりと鍛えていただきますので」

「お姉さんがいらっしゃったか」

「すみません。私は一人っ子です。中村さんは去年、国府にいらしてましたよね」

「ああ。君も来ていたな。各務先生や雪吹と一緒だったか」

 昨夏、山梨県国府市で行われた高校総体を、春菜は各務の随行として、中村は来賓として、それぞれ観覧していた。

「はい。じゃあ、中村さん。静さんのお姉さんはご存じですね」

「見てたよ」

 国府での孝子の挙というのは、バスケットボールに関心のある者であれば、知らない者はいない、というほどのものであった。

「実は私、静さんのお姉さんのお世話になってまして。大学に入って一人暮らしに苦労していたら、面倒見てやる、来い、って家に呼んでいただいて」

「……寮は?」

「私、集団行動が嫌いなので。ナジョガクのときも、実家通いでしたし」

「ナジョガクは全寮制じゃなかったかな」

「私だけは別です。いいんですよ、私のことなんて。今は、お姉さんの話をしているんです」

「ああ。すまない。……しかし、随分と思い切ったことを、という感じだな。君は、神宮寺のお姉さんとすれば面白からぬ存在ではないのか」

「どうしてですか」

「妹の宿敵じゃないか」

 あっはっは、と春菜は大笑である。

「そんなちんけな考えをされる方じゃないですよ。すごいきれいな方なんですけど、中身はとんでもない豪傑です」

 続けて、とんでもない豪傑とやらの生態を、春菜はわがことのように語っている。誇らしげな、きらきらとした表情は、いつもの人を食ったような「至上の天才」ではない。中村は、その変貌ぶりを、興味深く眺めていたようだ。

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