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未知標  作者: 一族
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第一九六話 きざし(一八)

 六月も残すところ一週間余りとなった、この日。大学代表女子バスケットボールチームの合宿が、先月末に続き東京都北城区の国立トレーニングセンターにおいて始まった。今回の合宿は本番前の最終調整という位置付けだ。打ち上げた後は、そのまま世界大学スポーツ選手権大会の開催地へ出発する予定である。

 同日、国立トレーニングセンターに全日本チームもやってきた。八月に開催されるバスケットボール女子アジア選手権大会に備えて合宿を張るためだ。事前の申し合わせで、両チームは合同合宿の形を取ることが決まっていた。この取り決めは全日本の側から提案されたものだった。自分たちも大事な大会まで間がない中で、妹分に胸を貸そうというのだ。なんとも優しい姉妹愛ではないか。

 対する大学代表は、遠慮することなく、この申し出を受けた。それどころか、全日本にとっても濃密な合宿になると思う、と自信満々に言い放ったのである。

 双方の思惑の中心にいるのは「至上の天才」だ。なんとか接点を持って「至上の天才」を引き込みたい全日本。「至上の天才」を擁して全日本を食う気満々の大学代表。どちらの鼻息も荒い。

 さて。その「至上の天才」こと北崎春菜はというと、両軍の顔合わせの場で奇行を見せている。アリーナの隅にあるベンチに腰掛け、スマートフォンをのぞき込んでいるのだ。

「おーい。何してる」

 全日本一のパワーファイターである広山真穂が、幅の広い体を揺らしながら近づいた。

「広山さん。美鈴さんの試合が始まったんですよ」

「こんな朝っぱらに……? あ。時差か。でも、もうすぐ集合だぞ」

「勝手にやっておいてください。見終わったら行きますよ」

「こら、こら。おいで、って」

 二人は全日本選手権、一カ月前と、二度の対戦を経て、すっかり気安くなっていた。「至上の天才」の力をまざまざと見せつけられた広山が、素直にシャッポを脱いだ形である。広山は春菜より五つ年上となるナジョガクの先輩だ。同門の年長者に礼を尽くされては、春菜といえどもむげにはできない。

「もう。うるさいおばさんだなあ」

 ぶつぶつと言いながらも春菜は立ち上がった。

「誰がおばさんだ」

「私が中一のころの高三とか、完全におばさんでしたよ。全員、いかついのなんのって。その中でも一番おばさんだったのは広山さんでした」

「お前だっていかつかっただろう。お前よりでかいやつが、中等、高等、合わせても、一体、何人いたと思ってる」

「言い掛かりはよしてください。私はか弱い少女でした」

「……どうしたね」

 ぬっと寄ってきたのは中村憲彦だった。

「ああ。中村さん。聞いてください。おばさんが私をいじめるんです」

「こら!」

「おばさん……?」

 中村は困惑の表情を浮かべた。

「広山さんのことです。今、美鈴さんの試合がやってて、それを見ちゃ駄目、って」

「ああ……。まあ、なんだ。そろそろ始めたいんで、こらえてくれないか」

「わかりました。しかし、美鈴さんは、いいですね。あの攻撃力は脅威ですよ。アリソン・プライスがいるせいで、ポイントガードをできなくなったのが奏功してます」

「全くだ」

「私の強力なライバルになりつつあります。ウェヌスから引き抜いて、アメリカに行かせてあげたかいがありました」

 二人の会話を聞いていた広山がせき込んだ。

「……お前だったのか!」

「美鈴さんの後見をお願いしたカラーズさんには、日本のバスケとのしがらみが一切ありません。誰にも邪魔はできません。アメリカに行けます。なんて甘言を弄しました」

「……今年は日本のバスケ界にとって大事な年だ。少しだけ、待ってほしかったんだがね」

 来夏に開催される四年に一度のスポーツの祭典「ユニバーサルゲームズ」、その出場権を懸けたバスケットボール女子アジア選手権大会が今夏に、という中村の言だ。

「待ってたら、そちらに髪が白いままの、へっぽこ美鈴がいたわけですか。ぞっとしませんね」

「そういうことになるか、な」

「なりますね。見込みのある人は、思い切って外に出したほうがいいんですよ。合宿を何百回やろうと『Myth』も『cutie Sue』も生まれません。サラマンドとレザネフォルでの試合は、まさしくその証明になったでしょう」

「確かに。こっぴどくやられたよ」

 面談は、ここまでだった。春菜と中村は、互いに浮かんだ渋い笑いでもって締めとしたのである。波乱含み、といっていいだろう。大学代表と全日本の合同合宿の始まりだ。

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