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未知標  作者: 一族
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第一九四話 きざし(一六)

 こっそりと――。

 カラーズへの美幸の参加は、宣言どおり、あくまでも粛々として遂行された。しかし、その実情は、なんとも豪快だった。多額の資本金をカラーズにぶち込んだ美幸は、これを種銭として投資を始めたのである。

 美幸の傍らにはみさとがいる。カラーズのファイナンシャル・マネージャー改めファンド・マネージャーだ。新米ファンド・マネージャーは、先達に導かれ、しばらくはあぶく銭を貯めることに専念するという。修行の開始だった。

 そして「恩返し」組である。目立たないけど、すごく大事な役割を担っている、と評された郷本尋道だが、真剣にカラーズへの、目立つ、貢献を考え始めたようだ。連日、SO101に通ってきては、いろいろと思案している。あくまでも、軽口は軽口、ということなのだ。

 尋道の思案には「恩返し」組の一人を自認する麻弥も加わっていた。麻弥は現在のカラーズの主砲といえる「カラーズグラフィックT」のイラストレーターだ。仲間入りする必要はない、と尋道には言われていたが、そちらの自任は、どうにもなじまなかった。悩んでいるほうが性に合う。

 今日も今日とて、SO101で額を合わせていると、孝子が入ってきた。午後七時前は、アルバイトを終えての帰りだろう。

「斎藤さんかと思ったら、珍しい二人が」

「お疲れさまです」

「お疲れ」

「はい。お疲れさま。二人は、飲む?」

 コーヒーメーカーに向かった孝子が言った。

「いえ。ぼちぼち引き上げますよ」

「私は、もらおうか」

「はい」

 湯気の立つコーヒーカップが麻弥の前に置かれた。

「ありがと」

「……そうだ」

 隣に座った孝子が、一口付けた後、つぶやくように言った。

「二人は、就活って、始めてる?」

 息をのみかけて、麻弥は懸命にこらえた。尋道とのミーティングは、既に決定的ではあるものの、カラーズへの就活の一環といえた。なんというタイミングで、なんという話題が出てきたものか、だった。

「……どうした、突然?」

「三年生は、ぼちぼち本腰を入れる時期、って話を斯波さんがしてたの。あの人にとっての私は、完全に風谷さんのおまけだもの。辛うじて年齢は覚えてたけど、学年を外しやがった。私は一浪してるから、まだ二年だって。……ああ、でも、みんなは三年生だ、って気付いて、ね」

「はい」

「斎藤さんは、ご両親の事務所があるでしょう? でも、二人は、どう? 私、今のカラーズの状況を、よく知らないんだけど、そんな何人も抱えられるような大企業さまにはなってないだろうし、あんまりこっちで根を詰めてないで、自分のことに集中してね」

「もちろん、企業研究とか、始めていますよ。できれば、このままカラーズに居続けられたらいい、とは思っているんですが。難しそうですよね」

 応じたのは尋道だ。

「うん……」

「神宮寺さん。実は、僕たち、知恵を絞っていたんですよ」

「え?」

 カラーズに居続けるための知恵、と尋道は続けた。

「でも、下手の考え休むに似たり、ですね。何も思い付きません」

「ああ。それで、珍しい組み合わせだったんだ。……斎藤さんは?」

「あの方に考えていただいたのでは、特に芸のない僕の貢献にはなりません。もっと言えば、正村さんもイラストレーターとして貢献されてますし、僕に付き合う必要はないんですけどね。心配してくださって」

 尋道の述懐に、孝子は眉をひそめて沈思していたが、やがて、

「……郷本君が、そんなに思い詰めてるんだったら、私もやる気を出さないと駄目かな」

 とつぶやくように言った。

「お前、何かするのか?」

「まあ」

 再度の沈思だ。立ち去り難く感じたのか、尋道も帰り支度をやめ、孝子の出方を待っている。

「……麻弥ちゃん」

 ついに愁眉は開かれたらしい。むしろ、開き過ぎて悪相と化している。

「うん」

「今日、晩は私の当番だけど、変わって」

「ああ、構わないけど」

「じゃあ、もう、帰っていいよ。というか、帰って」

「は……?」

 もはや何を言っても無駄だった。麻弥はSO101を追い出された。一体全体、何がどうなったのか。しばし麻弥はSO101の前で立ち尽くしたことである。

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