第一九三話 きざし(一五)
「そういうこと。なので、稼ぎの口を授けた後は、私は口出ししない。ほんの最初だけ、手ほどきをさせてもらうけど、最終的には全て斎藤さんに任せます」
「わかりました。承ります。カラーズと斎藤をよろしくお願いします」
まさに、あれよあれよという間に、だった。カラーズの新体制ならびに麻弥、みさと、尋道の行く末が決まっていたのである。
「……あれー? いつの間にか、私、神宮寺さんちの顧問税理士になってるぞー。まだ税理士にもなってないのにー」
珍しくあっけにとられていたふうのみさとが、ようやく会話に参加してきた。
「お二人が手を組めば、カラーズの繁栄は約束されたようなものです。おこぼれにあずからせてください」
「いいんだけど。あそこまで持ち上げてもらったんだ。精いっぱい、やるよ。……美幸さま、ってお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ええ」
「では、美幸さま。ご用命の向き、確かに承りました。ご期待に背かないよう精進します」
「はい。お願いするわね」
「早速なんですが、カラーズをもっと大きくするための稼ぎの口、っていうのを伺ってもよろしいですか?」
「投資よ。斎藤さんなら、ちょっとぐらいやったことあるんじゃない?」
「は……。それは、まあ、ごくごく小口なら」
「種銭は私が出してあげる。いろいろ教えるよ」
「よろしくご指導ください」
「やあ。よかった。斎藤さんさまさまですね」
尋道は止めていた手を動かし、チーズケーキをつつきだしていた。これを機に、一段落とみて、麻弥とみさとも飲食に戻る。
「何が、さまさま、だよ。前に私のことを口八丁みたいに言ってたけど、郷さんだって相当なものだったよ?」
チーズケーキを載せたスプーンを頬張る直前でみさとが応じた。
「おばさんがカラーズに入りたがってる、と気付いたときは、しめた、と思いましたね。いい雰囲気の会社ですし、このまま入れるものなら入りたいな、とは思っていたんですよ。ただ、現状のカラーズの規模で、お世話になるのは難しいな、とも。それが、おばさんの手助けを得られるってことになれば、規模の拡大が一気に現実味を帯びてくるじゃないですか。このチャンスは、ものにしないと、と」
「うんうん」
「ただ、気になったのは、斎藤さんがどうなるか、だったんですよ」
現時点での器量は、比較するまでもなく美幸がみさとを上回る。格上のカラーズ加入により、旗振り役を追われた格下が、むくれてしまわないか。これが心配だった、と尋道は続けた……。
「ばか! 汚いだろ!」
みさとが噴き出した拍子に、依然として、その口の前にあったスプーンの中身が飛んだ。正面に座っていたのは麻弥だ。
「ごめん、ごめん」
テーブルの上に散ったチーズケーキの始末で話は一時中断した。
「……失敬、失敬。郷さん、続き」
「続き、といっても。どうなるのかな、と探りを入れてみたら、おばさんが斎藤さんを買っているのがわかって。あとは、斎藤さん、おばさんとのタッグ、ぜひ、組んでください、なんて心の中で願いつつ、やったわけです」
「……なんか、うまく転がされた感がすごい」
みさとはぷっと膨れている。
「転がしてなんかいませんよ。斎藤さんが評価されたのは事実です。その事実が僕に就職先をもたらしてくれたわけですから。ほら。斎藤さんさまさまでしょう」
「まあ、うん」
「とはいっても、甘えてばかりいられません。このご恩を返せるようにならないと」
「ああ。そうだな」
同じく、斎藤さんさまさま、の自覚があった麻弥も追従した。
「正村さんはいいんですよ。イラストっていう唯一無二の武器をお持ちで。僕には何もないんです」
「そんなことはないよ」
声の主はみさとだ。
「郷さんは、なんて言ったらいいのかな。ほら。さっきだって、私たちは美幸さまに、他言無用、って言われてたのに、あっさりぼろを出したけど、郷さんだけは最後まで口を割らなかったでしょ。とにかく隙がない。すごく行き届いてる人なんだよ。今までにも、私たちの至らないところをカバーしてくれたこと、たくさんあったし。目立たないけど、すごく大事な役割を担ってくれてるんだ」
「それは、それは。そんなに評価していただいてるんでしたら、ご恩は返さなくてもいいですね」
熱弁に対しての謝意は、なんともひょうひょうとしたものであった。今度は、みさとだけではない。尋道以外、そろいもそろっての噴出となった。




