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未知標  作者: 一族
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第一八八話 きざし(一〇)

 LBAでは、日本人二人の活躍が話題になりつつあった。まだ試合数は少ないものの、二試合で七〇点を挙げてみせ、「破壊的な得点者」と祭り上げられているのが市井美鈴だ。大層なニックネームも奉られてしまっていて、いわく「Myth」だそうである。

「……なんですか、それ?」

 聞いてくれよ、と言ってきた美鈴の電話に静は困惑していた。スピーカー、リスナー共に英語の習熟度が高くなく、なかなか話がかみ合わない。

「いや、その『ミス』じゃなくて。m、y、t、hの『ミス』だって」

「初めにつづりを言ってくれればよかった。神話みたいな活躍って、意味なんですか?」

「そう。なかなかこっちの人も見る目があるね!」

「切っていいですか?」

「待てい」

 静だって、悪くない。コニー命名のスーに「cutie」を加えて「cutie Sue」などと呼ばれだしているのだ。この「cutie」には、小さくかわいらしいの他に、抜け目ない、の意味が含まれているとか。スティールを稼ぐ静の動きへの称賛だった。

「冷たくするなよ、キューティーちゃん」

「やめてください」

「似合ってるって」

「やめないと、お姉ちゃんに言ってカラーズを追い出します」

「横暴だな!」

 この会話の模様を静は、急きょ、渡米してきた各務に話している。開幕から一週間が過ぎた五月最後の金曜日である。

 THIセンターに現れた各務には随行がいた。レザネフォル州立大学――LASU女子バスケットボール部コーチのリサ・ファローだ。各務はリサの家に滞在しているのだ。

「その『名』に完全に値するわ。二人とも素晴らしい活躍よ」

 痩身の各務とは対照的な丸い巨体を震わせてリサが言う。

「本当に、ね。断られた、ってうそを言って、スーをうちに入れればよかった!」

「シェリルとアーティが面倒を見てくれたからこそ、ってのもあるんじゃないか?」

「そうね。何しろ世界最高の二人よ。あの二人と一緒にやれば、間違いなく磨かれるでしょう」

 このとき、世界最高の二人のうちの一人、アーティ・ミューアはというと、コートの脇で談笑する三人と距離を置いて、時折、横目でこちらをうかがっている。近づいてこないのは、リサがいるためだろう。お気に入りの静に意地悪をした「LASUのクソガキども」のコーチを見る目は、なんともとげとげしい。

 そこへ、シェリルがやってきた。シェリルとリサは同い年で、共にLASU出身だ。しばしの談笑の後、各務がリサの肩に手を置いた。

「リサ。少し二人でしゃべっていいか。英語が続くと、疲れる」

「ええ。もちろんよ」

 各務の英語が、それほど達者でないことを承知しているリサは、シェリルを伴って去っていった。

「静」

「はい」

「あれが、やるぞ」

「あれ?」

 恩師の恩師が操る、この独特のしゃべり方に静は全く慣れない。

「春菜だ」

「春菜さん、ですか……? 一体、何を……?」

「あいつ、大学代表を世界一にしてくる、とほざきおった」

「え? 春菜さんが!?」

「お前、よくやってる。苦戦するんじゃないか、って言ったらな。鼻で笑うぞ、だそうだ」

「はあ……」

「私が、こんなことを言うようじゃ、お前も勘違いし始めているかもしれん。世界でのあいつの立ち位置を見せつけて発憤させる、とさ」

 各務の話は端的に過ぎて、静には流れがつかめない。そうこうしているところに、アーティがやってきた。リサの不在に気付いて接近してきたのだ。

「ヘイ、アート」

 各務が手を上げてアーティを迎えた。

「チエコ・カガミだ。スーのコーチのコーチ」

「……ナガサワ?」

「ナガサワは、私の教え子だな。で、スーよ。話の続きだけど、サチコが内定をもらったのはTHIだ」

「え!?」

 全く、続いていない。アーティに説明するには、春菜の話題は内容が複雑で、困難とみた各務の機転と気付いたのは、だいぶ後の話だ。各務はアーティに、静の後輩がTHIの女子バスケ部に内定した、日本ではトップ選手のほとんどが高校卒業後、すぐに実業団に入る、美鈴もそうだった、というような解説をしている。

「まだ内定だ。外には出さないように頼む」

「ええ。……日本の企業はスーに声を掛けなかったの?」

「掛かっていたさ。でも、もっとバスケをうまくなりたい、って言い出して、な。だったら、アメリカだ。シェリルとアーティのいるレザネフォルだ。そう私が勧めたのさ。リサとも古い付き合いだったし、ちょうどよかった」

 知り合いのいるレザネフォルにチームがあって、そのチームにたまたま在籍していたのがシェリルとアーティで――静の把握している順序は、これ、なのだが、まあ、余計なことは言うまい。

「へえ。じゃあ、チエが私とスーを巡り合わせてくれたようなものね」

「そうだな。感謝してくれ。いい選手だろう」

「ええ。最高よ」

 笑顔で握手を交わす二人を見て、失笑しつつ、静は先ほどの話題に思いをはせる。鼻で笑う……? 今の静になら苦戦するかも、と指摘された上でのことなら、それは、ばかにするな、と言いたいのか。確かに、ある程度はアメリカでやれている静だが、春菜に匹敵するまで伸びたかというと、そんなことはない、と思っている。まだまだ、はるか遠くの存在と認識していた。それだのに、どうして勘違いだの、発憤だの、絡まれなくてはならないのだ。……やがて静は思い至った。そんなこともわからないとは、と各務へ抱いた不満だったか。

 もう一つ、祥子の内定とはなんの話だ。高鷲重工の内定が出たのか。初耳だ。事実なのか、詳しく聞きたいと思ったが、各務はアーティと話し込んでいる。

 やきもきと待って、やがて静は諦めた。どうせ各務の話法は理解しづらい。直接、春菜と祥子に当たったほうが確実だった。隣では、うちに来いよ、とアーティが各務の肩を抱いて誘っている。一線で活躍し続けたシニアの話は、ぜひとも聞いてみたい、などと各務は合わせている。どうやら両者、すっかりと意気投合した様子であった。

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