第一七九話 きざし(一)
五月になり、LBA各チームのキャンプが始まった。レザネフォル・エンジェルスの選手たちも、チームの練習場所であるTHIセンターに集結している。静はアーティ、シェリル以外のチームメートたちと初顔合わせだ。彼女らと言葉を交わす中で、感じるのは自分への冷ややかな目だった。
現時点で一六人いるメンバーのうち、半数以上が契約に至っていない、いわゆる招待選手となっている。キャンプ、プレシーズンゲームと続く流れの中で、彼女らは選別されていくのである。シーズン開始前日のロスター登録時には一二人に絞られる。現在、エンジェルスが契約を結んでいるのは六人だ。招待された一〇人のうち四人はシーズンまでにカットされるのだ。
一九〇センチを超す大物がいる。何年もLBAで戦ってきたつわものがいる。まさに多士済々だ。そして、そんな彼女たちを差し置いて、高校上がりの、一六五センチの、日本人が既に契約を結んでいるという事実がある。さぞ面白からぬことであろう。チーム随一の権力者に取り入ったことで、その地位を得た、とでも思われているが故の態度か。……断じて、認めない。アーティ、シェリル、アリソンらとの交流によって磨かれたことで、静にもささやかながら自負が生まれている。譲れない戦いの幕開けだった。
ところで、全てのチームメートが静に冷ややかであったわけではない。招待選手の一人であるコニー・エンディコットだ。生粋のレザネフォルっ子という、一七一センチの金髪お下げは、初対面から陽気だった。
「やあ、ちっちゃいな。私よりちっちゃいプレーヤーなんて、そうはいないよ。ちっちゃい同士、頑張ろう」
コニーの特徴は小型選手らしく、ボールハンドリングとシュートのうまさだ。特にシュートは自己紹介で言った、ロングレンジなら任せて、のとおりにかなりの確率を誇る。ただ、スピードに欠ける。身長で勝る静相手でさえ、一人では手も足も出なくなるざまは致命的だろう。だが、シュートは本当にうまい。使いこなせれば相当な戦力になる、とポイントガードとしての視点で静は分析したものだ。
何より、童顔でかわいらしい彼女の笑顔に、静は好感を持った。つれない他の連中より、この金髪お下げと一緒にプレーしたい。コニーを生き残らせる手段を考える。それは、自らの自負を証明することにもつながるはずだった。
キャンプ初日が終わり、帰りの車内ではアーティによる招待選手たちについての品評会が開催されている。どいつもこいつも、とぼろくそである。
「……コニーは?」
一通り終わったところで静が問うと、アーティは本気の思案顔だ。アーティの酷評にコニーは登場しなかった。
「コニー……? 誰だっけ?」
「私とよく話してた、お下げの人」
「ああ。そうね、明日にはいないんじゃない?」
全く、興味がないらしい。それにしても、明日にはいないとは……。
「アーティ。それは、もう確定なの?」
「あんなちっちゃいの。どこで使うのよ」
「コニーよりちっちゃいのが、ここにいるけど。じゃあ、私も明日にはいないのね」
「そういう意味じゃない!」
怒らせた、と思ったのか、明らかに動揺した声だ。からかっただけなので、静は意に介さない。
品評会でオミットされていたコニーについて静は語った。エンジェルスが美鈴と契約しようとした理由であるシューター不足は、招待された選手の傾向を見ても明らかだった。皆、外が強い。その中でも一番はコニーだった。
チームの武器になるのはコニーとみた、と静は語った。アーティが言うようにコニーの契約が危ういのなら、自分はコニーが契約を勝ち取れるように助けたい。それは、自分の能力を示すことにもなる。何より、ちっちゃい同士でコニーには頑張ってほしいのだ。アーティがハイスクール上がりのよしみで自分に目をかけてくれたのは、おそらく同じような気持ちなのだろう。そんな大きな心を、自分も持ちたいと思っている。……最後は、多少こすっからくなったか。コニーを評価すると同時に、アーティを持ち上げたのだ。
「そうね。そのとおりだわ」
「ちっちゃい」発言に怒ったわけではない、と知って、ほっとしたアーティは身を入れて静の話に耳を傾けていたようである。最後の一押しも効果ありだ。称揚されて、気分は悪かろうはずがない。
そして、キャンプ二日目のTHIセンターでは、驚くべき光景が展開されることになる。アーティ・ミューアという選手は、その絶対的な身体能力におごり、チームプレーを軽視することで悪名高い。ボールを保持したが最後、自らシュートするか、シェリルにパスをするか――静の加入後は静にもパスをするようになった――しか選択肢がなかったのだ。そのアーティが、コニーにパスをしている。コニーを生かすためのセットオフェンスにも、積極的に関わっている。シェリル、静に続いての、お気に入りの誕生らしい。
コーチングスタッフは悲鳴を上げたかっただろう。ただでさえちびっ子を一人抱えているのに、もう一人、ちびっ子か、である。チームのバランスを考えたとき、せめてどちらかにしてくれ、と言いたかっただろうが、それはエンジェルスでは許されない。
エンジェルスの特殊性は、ヘッドコーチよりも、球団社長よりも、一選手のほうが重要という点にある。ヘッドコーチの代わりも、球団社長の代わりも、見つけることはたやすい。しかし、あの金髪女の代わりだけは世界中のどこにもいないのだ。エンジェルスの売り上げが、LBAの他一一チームの合算を数倍上回っている、いう事実はだてではない。アーティが望んだことは、速やかに遂行されなければならなかった。レザネフォル・エンジェルスのルールである。