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未知標  作者: 一族
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第一七二話 四月の彼女たち(六)

 LBAドラフトは、三巡目に入った。壇上では出ずっぱりのアビーが、事務的に選手の名を読み上げている。会場に招待されているのは、上位指名が予想される有力選手のみなので、ここは簡略化だ。

 簡略化に伴い、場内の雰囲気も弛緩し尽くしてきた感があった。イライザの円卓に同席させてもらっている一行も、周囲に同化して砕けきっていた。

 そこに、だった。会場に同時多発のどよめきが起きた。

 静は、はっ、としていた。何か猛烈に匂う、いや、臭う。次の瞬間に傍らで、ドン、という音だ。バランスを失って、椅子を落ちかけているアリソン。そのアリソンを支えるイライザ。そして、仁王立ちしているのは……。

 エンジェルスの戦略室から姿を消したアーティの来襲だった。アリソンの座っていた椅子を蹴飛ばしたのだ。イライザの助けを借りて、体勢を立て直したアリソンが立ち上がった。そのままアーティと鼻が触れ合わんばかりの距離でにらみ合って、むせた。隣のイライザも顔をしかめている。静は思いだしていた。これはコロンの匂いだ。アーティとGT11のコラボレーションメニュー「TRANCE-AM」のスポーツコロンだ。どうやら、アーティは汗の処理をコロンで済ませたらしい。静の予想が的中である。

「二人とも、外に出すわよ!」

「うん!」

「わかった!」

 叫んだシェリルがアーティに組み付いた。静と美鈴もシェリルに従う。三人がかりで持ち上げる。アーティが逆らわなかったこともあって、搬出は速やかに完了した。

 シェリルに導かれるまま入ったのは、どうやらエンジェルスのロッカールームのようだ。こぢんまりとした部屋に、ずらりとロッカーが並んでいる。LBAの関係者か、ジャーナリストか、三人に続いて部屋に入ろうとした数人をシェリルが押しとどめた。

「まず私が話をするわ。そうね。アビーが来たら、ノックして」

 そう言ってシェリルはロッカールームの扉を閉め切る。

 アーティが使ったコロンの量は相当なものだったようだ。密室となったロッカールームには、瞬く間に臭いが充満していく。シェリルの硬かった表情に、さらに苦みが加わった。臭いの意味を理解したのだろう。

「……アート」

 そっぽを向いてアーティは応えない。静は頭のくらくらする思いだった。ドラフトの最中、しきりにシェリルがアリソンの態度を気にしていたことを思い返すまでもない。これまでの交流から、シェリルが礼節に厳しい人というのはわかっている。多分、汗の処理をコロンでごまかすがごとき、たしなみのなさにもうるさいだろう。今、アーティの顔を見つめるシェリルの横顔には遠雷の気配が感じられる。なんとかしなくては。なんとか……。

 このとき、シェリルとアーティが正対し、静と美鈴は、その中ほどという位置であった。

「……これは、チャンスだな」

 美鈴がつぶやいた。

「え? なんの、ですか……?」

「エンジェルスの誇る二人がけんかするじゃん? こっぴどく叱られたアートがシェリルを恨んで、エンジェルスが空中分解するじゃん? その間隙を縫って、ミーティアが西地区を制するじゃん? 私がMVPと新人王を受賞するじゃん? 年俸がアップするじゃん?」

 美鈴は何を言っているのか。静のみならず、アーティ、シェリルも、ぽかんとしている。

「つまり、LBAに私の時代が来るじゃん? よし。完璧な計画だ! 二人とも、遠慮はいらないぞ。派手にやっちゃって!」

 ここまでで、既にアーティとシェリルの緊迫はだいたい緩和されている。

「さあ! ファイッ!」

 拳を握った美鈴は、へっぴり腰でボクシングのまね事だ。駄目押しに、ついに、二人の笑いがはじけた。勝負あった、ようである。

「全く……」

 シェリルが肩をすくめた。

「わかったわ、ミスズ。怒らない。今回はあなたに預けましょう」

「ありがとう、シェリル」

「……シェリル、ごめんなさい。私の行動は間違っていた」

 アーティも潮時と感じたようだ。

「よし。一件落着だな。戻ろうか。……あ。アートは臭いし、来なくていいよ」

「ちょっと。人をごみみたいに言って。ひどいんじゃない? それは、少しコロンをかけ過ぎたかもしれないけど」

「少しじゃないよ。かなりだよ」

 しばしの静止から、アーティの電光石火の早業だった。びょんと飛び掛かって美鈴を捕獲する。

「ぎゃあああ!」

 アーティの腕の中で美鈴は崩れ落ちた。静とシェリルは噴き出している。

「……アート。手を組もう」

「今更、何よ」

「あの二人も、巻き込もう。みんなでコロンズを結成だ」

「いいわね……!」

 静とシェリルの視線が合った。次の瞬間、二人は身を翻し、ドアに向かって一直線だ。すぐさま追い付かれ、静は美鈴に、シェリルはアーティに、それぞれ絡み付かれる。笑いが止まらない。なんとも見事な美鈴の火消しだった。自分には決してできないことである。四人で押し合いへし合いしながら、静は感嘆しきりとなっていた。

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