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未知標  作者: 一族
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第一六九話 四月の彼女たち(三)

 シェリルの行きつけというブティックで見繕われたのは、静とシェリルが黒のパンツスーツ、美鈴がこちらは白のパンツスーツだった。

「この子が目立つように。私たちは控えめで」

 ドラフトで指名された美鈴が登壇するときのことを考えたシェリルの指示である。髪のセットやメークは最低限のものとなった。何しろ、余裕がない。ワークアウトを午後四時までやって、午後八時のドラフトに駆け付けようというのだ。それも事前の用意は全くなしで、だ。

「……アート、汗の処理は大丈夫かしら」

 美鈴のフィッティングを眺めながら、ふとシェリルがこぼした。ジェニーによれば、アーティはシャワーも浴びずに、ワークアウトをしていた格好のままで飛び出していったという。

「スポーツコロンでごまかしてたりして」

 静の声にシェリルは失笑だった。

「シズカ。いくらあの子でも、そんなことはしないわ。GT11にでも顔を出して、着替えを用意してもらってるわよ」

 レザネフォルのダウンタウンにあるザ・スターゲイザーに一行が到着したのは、午後七時を少し回ったあたりだった。地下の駐車場に車をとめ、関係者入り口から中に入ると、満面の笑みのアリソンが待ち構えていた。途中、シェリルが連絡を取って、案内を依頼していたのだ。

 アリソンは肩をあらわにした紫のワンピースに、髪もメークもかっちりと決まっている。紫はサラマンド・ミーティアのチームカラーだ。

「準備は万端だった、ってことね」

 応急処置の三人とは違うアリソンの装いについて、シェリルが放った皮肉である。聞けば、事前にドラフト観覧の意向をリーグに伝え、スタイリストも手配しておいたのだという。

「アリー。せめてミスズにだけは伝えておきなさい。これだけしかできなかったわ」

「ええ。そこは私が間違っていたわ。ところで、アートは?」

「THIセンターよ」

「え……?」

 LBAドラフトでは、各チームの首脳はチームのオフィスに設置した戦略室に陣取り、電話を通じて会場とやりとりするのだ、とシェリルは静と美鈴に向けて語った。エンジェルスの場合なら、THIセンターのオフィスに戦略室が置かれている、ということである。

「順位を上げさせるつもりなの、アート……?」

「アリー。相手はアートよ。あなた、手の内を見せるのが早過ぎたのよ」

 シェリルの返しでアリソンの顔に強い影が差した。

 LBAドラフトの会場として使用されるのはザ・スターゲイザーのコート半分だ。観客席もほとんどが閉鎖され、こぢんまりとして見える。同じ会場で開催される男子プロのドラフトはコート全面を使用し、観客席も三階席まで解放してなお全てが埋まるというので、差は歴然としていた。チーム数で二.五倍、平均年俸では一〇〇倍という圧倒的な規模の差があるのだ。当然といえば当然ではある。

 三人がアリソンに案内されたのは、コート上に設置された壇から最も遠く、観客席前に並べられた折り畳み椅子の一角だった。

「あっちは招待されてないと駄目だったの」

 目の前には円卓が一〇前後並んでいて、それぞれに着席した人々が談笑している。指名が確実視され、リーグの招待を受けた選手と、その関係者というアリソンの説明だ。ちなみに折り畳み椅子群は、円卓に座りきれなかった関係者のために用意されているのだという。

「……じゃあ、私、用事があるの。ちょっと外すわね」

 硬い表情で言い置くと、アリソンは会場の外へと足早に去っていった。

「アートの動きが気になるみたいね。多分、ミーティアの戦略室に連絡するんだわ」

 見送るシェリルの独白だった。

 会場のそこここで、何やらさざめきが起こっていることに静は気付いた。円卓のほうでも、そのさざめきはあるようだ。ちらちらと視線もある。これでわかった。アメリカを代表するシェリルがいるのだ。それに気付いた故の驚きだろう。 円卓の選手たちが、次々と折り畳み椅子群に向かって歩いてきた。シェリルが立ち上がって迎え、その様子を会場にいたジャーナリストたちが捉えようと集ってきて、折り畳み椅子群の前はちょっとした雑踏と化している。

「やっぱり、シェリルはすごいね」

「はい。これでアリソンがいたら、もっと騒ぎになってましたね」

 椅子に座ったままの静と美鈴は、小声の日本語でやり合っている。

 その時、雑踏から抜け出てきた黒のロングドレスの女性が折り畳み椅子群の前に立った。

「シズカね。エンジェルスとの契約、おめでとう」

 自分に用とは思わず、意識の外に女性を置いていた静は、慌てて飛び上がった。ライトブラウンの髪をぴたっとなで付けた、圧倒的な高身長の女性がにこやかに笑っている。

「ハロー……」

「イライザ。彼女はイライザ・ジョンソンよ」

 隣の美鈴が静に言う。

「ええ。私はイライザ。あなたは?」

「私はミスズ。ミスズ・イチイ。私もLBAを目指しているの」

「それで、今日はここに?」

「ええ。指名してもらえそうなんで、シェリルに連れてきてもらったの」

「そうなの? じゃあ、少し早いけどミスズにもおめでとうを言わないとね」

 そう言いながら、イライザは手を差し出してくる。美鈴に続いて握手を交わした静は、その大きな手に驚きを覚えた。身長もシェリルよりさらに高く見える。後で美鈴に聞いたところでは二〇三センチあるとか。シェリルの後継者との呼び声も高い逸材らしい。

 結局、静と美鈴に声を掛けてくれたのはイライザだけだったこともあり、二人の話題はイライザ一色となった。

「今年の一位は、間違いなくイライザだと思う」

「いい人っぽいですよね」

「顔はいかめしいけど」

「……顔は関係ないですよね」

 やんわりと、静は美鈴の軽口をたしなめた。確かに、造作の全てが大きく、鋭角的なイライザの第一印象は、いかめしい、かもしれなかったが。

「うん。教育熱心なご両親に育てられて、すごく礼儀正しい、って。スカウティングレポートで読んだ。テーブルの人たちがご両親かな?」

 雑踏が消えつつあったことで見通すことのできた最前列の円卓では、イライザと同じ頭髪の色をした初老の夫妻が、イライザと談笑している。静と美鈴の視線に気付いたイライザが笑顔で手を振ってきた。初老の夫妻も一緒に手を振っている。受けて、静と美鈴も手を振り返した。

 時刻は午後七時五〇分を回った。ドラフトまで残り一〇分だ。

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