第一六六話 私のために鐘は鳴る(一八)
アーティから依頼のあった翌日には、一〇〇を超えるデータがカラーズに届けられた。一日中、付き合わされた、という苦笑交じりのエディの報告付きだ。これを、ぶつぶつと尋道に文句を言いながら見定めた麻弥は、三つの構図を選び、五日をかけて三つの作品を仕上げている。
「ダンクシュートをするアーティを真横から捉えたもの」
「腰に手を当てたアーティの後ろ姿」
「タオルをかぶっておどけた顔のアーティ」
以上だ。
このころになると、アーティの着込んだ静と美鈴のTシャツがSNSを通じて知れ渡り、カラーズに問い合わせが届き始めている。
「よしよし。計算どおりじゃないの」
販売は未定ですよっと、などと返信しながらほくそ笑むみさと、横では肩をすくめる麻弥だった。
完成したTシャツに加え、イラストもプレゼントとしてレザネフォルに送って、三日後のことである。ここで事件が起きた。コミュニケーションツールの画面に、GT11のデレク・アーヴィンが姿を見せたのだ。
「このイラストレーターと交渉したい」
デレクはアーティのイラストを手に、いきなり切り出してきた。
「僕がエージェントです。ヒロミチ・ゴウモトです。ヒロと呼んでください」
みさとが逃げ出したので、尋道が相対している。
「オーケー、ヒロ。このイラストレーターと契約したい。興味深い技術を持っている。しかし、あのシャツは駄目だ。ひどい仕上げじゃないか」
原画との色味の差異、縫い上げの甘さ、その他もろもろ……。デレクには気に入らないことだらけらしい。絶賛していたカラーズの面々とは、やはり見る目の違いなのだろう。
GT11でアーティのグラフィックシャツを制作したい。また静と美鈴のものについても制作を請け負う。品質は保証する。そして、その前提として、くだんのイラストレーターと契約したい、というのがデレクの申し出だった。
「……『彼女』は」
「イラストレーターは女性か?」
「そうです。『彼女』はアマチュアです。おそらくミスター・アーヴィンの期待する質と量を提供することは『彼女』には難しい」
「ふむ」
「描き上がり次第、そちらに送る、という形式であれば可能かと思いますが」
「……ひどく少なくなりそうか?」
「今回は五日間で三枚を仕上げました。しかし、『彼女』は学生です。今、こちらは春休みです。春休みが終わったら、一日中、絵だけを描いているわけにはいきません。ですので枚数の約束はできません」
しばらく沈思していたデレクだったが、やがて小さくうなずいた。
「その条件でいい。いずれ『彼女』とも話をしてみたいな。そうだ、ヒロ。『彼女』の名は、なんというんだ?」
「マヤ。マヤ・マサムラ。先ほども言いましたが、アマチュアです。名前は外に出さないでください」
「オーケー。マヤに、よろしくと伝えてくれ」
「わかりました」
交渉の詳細はエディを介して、ということでまとめられて、この日の通信は終わった。スマートフォンを取り出した尋道は、今日はメッセージで麻弥に子細を送っている。
「また怒鳴られるかもしれませんし」
「結局、デレクさんとどういう話をしたの? 正村の名前が出てたみたいだけど」
尋道の話にみさとは満面の笑みを浮かべる。
「いいね! いいね! 一気に動いたね!」
「ご本人の許可なしに、ですけどね」
その、ご本人、飛んできたのか、というような短時間でSO101に現れた。
「お前は……!」
入ってくるなり麻弥は尋道に組み付いて首を絞めている。
「すみません。デレクさんの押しが強くて」
「なんか、互角に英語で殴り合ってたよ」
「英語を話せない人の言うことです。信じないでください」
「郷本君。詳しく」
同行してきた孝子がコーヒーメーカーに向かいながら言った。
「……お前、前にこいつらのことを『両輪』とか言ってたけど、どっちともブレーキ付いてないだろ」
説明の後に、再び、麻弥は尋道に襲い掛かっている。
「でも、難しいときの言い訳をしっかり付けてくださってますし。やりやすいんじゃないですか?」
「……まあ、な」
これも同行していた春菜の指摘に、麻弥は口をとがらせつつもうなずいている。
「神宮寺さん。正村さんがイラストに使う費用はカラーズ持ちにすべきと思いますが」
「もちろん」
「いいよ。そういうことされると、プレッシャーになる」
「そうですか。では、正村さんのやりやすいように。ですが、あまりに金額がかかるようでしたら、必ず神宮寺さんに相談してくださいね」
「あいよ」
長くカラーズの屋台骨となる「正村シャツ」こと「カラーズグラフィックT」は、こうして世に出ることとなった。始まりはみさとの思い付きだ。全く思いも寄らない方向に転がりだしたものではある。




