表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
167/745

第一六六話 私のために鐘は鳴る(一八)

 アーティから依頼のあった翌日には、一〇〇を超えるデータがカラーズに届けられた。一日中、付き合わされた、という苦笑交じりのエディの報告付きだ。これを、ぶつぶつと尋道に文句を言いながら見定めた麻弥は、三つの構図を選び、五日をかけて三つの作品を仕上げている。

「ダンクシュートをするアーティを真横から捉えたもの」

「腰に手を当てたアーティの後ろ姿」

「タオルをかぶっておどけた顔のアーティ」

 以上だ。

 このころになると、アーティの着込んだ静と美鈴のTシャツがSNSを通じて知れ渡り、カラーズに問い合わせが届き始めている。

「よしよし。計算どおりじゃないの」

 販売は未定ですよっと、などと返信しながらほくそ笑むみさと、横では肩をすくめる麻弥だった。

 完成したTシャツに加え、イラストもプレゼントとしてレザネフォルに送って、三日後のことである。ここで事件が起きた。コミュニケーションツールの画面に、GT11のデレク・アーヴィンが姿を見せたのだ。

「このイラストレーターと交渉したい」

 デレクはアーティのイラストを手に、いきなり切り出してきた。

「僕がエージェントです。ヒロミチ・ゴウモトです。ヒロと呼んでください」

 みさとが逃げ出したので、尋道が相対している。

「オーケー、ヒロ。このイラストレーターと契約したい。興味深い技術を持っている。しかし、あのシャツは駄目だ。ひどい仕上げじゃないか」

 原画との色味の差異、縫い上げの甘さ、その他もろもろ……。デレクには気に入らないことだらけらしい。絶賛していたカラーズの面々とは、やはり見る目の違いなのだろう。

 GT11でアーティのグラフィックシャツを制作したい。また静と美鈴のものについても制作を請け負う。品質は保証する。そして、その前提として、くだんのイラストレーターと契約したい、というのがデレクの申し出だった。

「……『彼女』は」

「イラストレーターは女性か?」

「そうです。『彼女』はアマチュアです。おそらくミスター・アーヴィンの期待する質と量を提供することは『彼女』には難しい」

「ふむ」

「描き上がり次第、そちらに送る、という形式であれば可能かと思いますが」

「……ひどく少なくなりそうか?」

「今回は五日間で三枚を仕上げました。しかし、『彼女』は学生です。今、こちらは春休みです。春休みが終わったら、一日中、絵だけを描いているわけにはいきません。ですので枚数の約束はできません」

 しばらく沈思していたデレクだったが、やがて小さくうなずいた。

「その条件でいい。いずれ『彼女』とも話をしてみたいな。そうだ、ヒロ。『彼女』の名は、なんというんだ?」

「マヤ。マヤ・マサムラ。先ほども言いましたが、アマチュアです。名前は外に出さないでください」

「オーケー。マヤに、よろしくと伝えてくれ」

「わかりました」

 交渉の詳細はエディを介して、ということでまとめられて、この日の通信は終わった。スマートフォンを取り出した尋道は、今日はメッセージで麻弥に子細を送っている。

「また怒鳴られるかもしれませんし」

「結局、デレクさんとどういう話をしたの? 正村の名前が出てたみたいだけど」

 尋道の話にみさとは満面の笑みを浮かべる。

「いいね! いいね! 一気に動いたね!」

「ご本人の許可なしに、ですけどね」

 その、ご本人、飛んできたのか、というような短時間でSO101に現れた。

「お前は……!」

 入ってくるなり麻弥は尋道に組み付いて首を絞めている。

「すみません。デレクさんの押しが強くて」

「なんか、互角に英語で殴り合ってたよ」

「英語を話せない人の言うことです。信じないでください」

「郷本君。詳しく」

 同行してきた孝子がコーヒーメーカーに向かいながら言った。

「……お前、前にこいつらのことを『両輪』とか言ってたけど、どっちともブレーキ付いてないだろ」

 説明の後に、再び、麻弥は尋道に襲い掛かっている。

「でも、難しいときの言い訳をしっかり付けてくださってますし。やりやすいんじゃないですか?」

「……まあ、な」

 これも同行していた春菜の指摘に、麻弥は口をとがらせつつもうなずいている。

「神宮寺さん。正村さんがイラストに使う費用はカラーズ持ちにすべきと思いますが」

「もちろん」

「いいよ。そういうことされると、プレッシャーになる」

「そうですか。では、正村さんのやりやすいように。ですが、あまりに金額がかかるようでしたら、必ず神宮寺さんに相談してくださいね」

「あいよ」

 長くカラーズの屋台骨となる「正村シャツ」こと「カラーズグラフィックT」は、こうして世に出ることとなった。始まりはみさとの思い付きだ。全く思いも寄らない方向に転がりだしたものではある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ