第一六五話 私のために鐘は鳴る(一七)
反応があったのは、Tシャツの発送から三日後の午後のことだ。荷物を預けたときに二、三日と説明を受けたので、予定どおりの到着といえる。荷送人をカラーズとしていたために、反応が返ってきたのもカラーズに対してであった。みさとがコミュニケーションツールに応答すると、画面には例のTシャツを着た静と美鈴が映る。
「お! 届いたか!」
「届いたよー! いいね、これ!」
「でしょ?」
「斎藤さん」
「あいよ」
「アーティが、話があるって」
「……はい?」
なんとも返さないうちに、画面にはカラーズ謹製のTシャツを着たアーティが現れた。静と美鈴の間に割って入って、みさとに正対する。
「ハーイ。ミサト」
「ハ、ハーイ」
「頼みがあるんだけど」
もちろん、アーティは英語で話し掛けてきている。
「頼みがある、って」
遅れて静の通訳が入ったのだが、その時には恐慌を来したみさと、対面でカラーズ公式サイトの更新作業をしていた尋道を呼んでいた。
「郷さん! 郷さん! 来て!」
「はい」
小走りにやってきた尋道が、画面の向こうに向かって手を上げた。
「ハーイ。ミス・ミューア。僕はヒロミチ・ゴウモトです。ヒロと呼んでください」
「オーケー、ヒロ。私はアートでいいわよ」
ここまでのやりとりは英語だ。あっけにとられるみさとを、尋道は椅子ごと押しやって、ノートパソコンの正面に陣取る。
「オーケー、アート。どういった用件ですか?」
「このシャツ、私も欲しいんだけど」
欲しいも何も、既にアーティは着込んでいる。正式に自分に宛てて送ってほしい、という意味ではないのだろう。
「アートのグラフィックシャツですね?」
「そう!」
「わかりました。お願いがあります」
「何?」
「資料にしたいので、アートのデータを送ってください」
「いいわよ」
「たくさん送ってください」
「オーケー」
「データを参考に描きます。きれいに撮れたデータを送ってくださいね」
「ヒロ。私を撮ったなら、それは全部きれいに決まってるじゃない」
両手の親指を突き上げ、尋道は「Yeah」とやる。アーティも同じく返してきて、二人とも大笑だ。
「ヒロ。もう一つ、いい?」
「なんでしょう?」
「シャツと一緒に送ってきたアクセサリーがあるわね?」
「はい」
「あれも、欲しい。葉っぱのデザインが、すごく細かくて、素晴らしいわ」
ひとひらの葉っぱは、一葉が自分の名をモチーフにして手掛けるオリジナルのデザインだ。
「実は、お送りしたアクセサリーは僕の姉の作品なんですよ。アートのために世界にただ一つのものを頼んで、お送りしますね。よろしければ、ご愛用ください」
「本当に! ヒロ、待ってるわ!」
その後、しばしの談笑を経て、準備に取り掛かる、とアーティとの会話を終えた尋道は、
「ああ。緊張した」
と天井を見上げている。
「ね。私も動揺しちゃって。思わず郷さんを呼んじゃったよ」
「やっぱり迫力ありますね」
「うん。ブロンドの威力はすごいわ」
「エディさんもブロンドですよ」
「エディさんは日本語が達者過ぎて、なんか違う。それにしても、郷さん。英語できたんだね。すごいじゃん!」
「洋楽のおかげですかね。ただ、リスニングはだいたい大丈夫でしたけど、返しは単語の羅列になってしまって。そこはもっと勉強しないといけませんね」
「洋楽かぁ。私も聞いてみようかな」
「聞くだけじゃ駄目ですよ」
「やる気をくじく、このつれない対応よ」
みさとは自席に戻ろうとする尋道を追い掛け、体当たりを食らわせる。そのままコーヒーメーカーに向かい二人分を淹れると、片方のカップを尋道の前に置いた。
「ありがとうございます。しかし、斎藤さんのもくろみどおりになったじゃないですか」
「え? ああ、アーティが着てくれるかも、って話ね。うん。なんとなく、ああいうの好きかな、って。そうだ。郷さん、アクセサリーのことも話してた?」
「ええ。売り込んでおきました。世界の一葉さんになったら、お小遣いでもいただきましょうかね」
「いいね。そっちも、いい感じ」
「そうだ。正村さんに伝えないと」
やがて、急展開に、はあ、と叫んだ麻弥の声が、尋道のスマートフォン越しにみさとの耳にも届いた。耳を押さえて顔をしかめている尋道に、申し訳ないな、と思いながらも、みさとは失笑しているのだった。




