第一六四話 私のために鐘は鳴る(一六)
珍しい麻弥の提案で、カラーズの面々はSO101に集合する。午後一時四五分。孝子、麻弥、春菜の三人がSO101に入ると、既にみさとが在室していた。
「おーっす。何かあった?」
「ちょっと、とか言って私たちにも何も言わない」
部屋の隅でコーヒーメーカーをいじりながら孝子が答えた。
「おいおい。なんだなんだー」
「まあ、待て。郷本が来てからだ」
「郷本さんと何かたくらんでるんですか?」
春菜の問いに、なぜか麻弥は顔を赤くしている。
「ああ、そうだ。ツール、今日は切っとけよ」
SO101に配備されているノートパソコンのうち一台には、エディとの密な連携のためにコミュニケーションツールが導入されている。日本人との交流に飢えているエディの頻繁な連絡を踏まえた指示だった。
「言われなくても」
みさとが右手の親指と人さし指で丸を作った。
午後二時を過ぎたところで尋道と彰が顔を見せた。ここで麻弥の顔の赤みが増す。
「電車で会ったんですよ」
「郷さん。正村が、郷さん待ち、って言ってるんだけど。今日は、なんの集まり?」
「ああ」
にやりと尋道と彰が笑う。提げていた紙袋を尋道が麻弥に渡した。
「何? それが今日のお題?」
最初に気付いたのは春菜だった。
「雪吹君、何を着てますか?」
この日、彰は黒のカーディガンを羽織っていた。前は開けていたものの、発覚が遅れた理由だったろう。彰がカーディガンを脱ぐと、あらわになったのは麻弥のイラストがプリントされたTシャツだった。静と美鈴が、それぞれ高校時代のジャージーをまとって並び立っている、あれだ。
「えっ!? いつの間に!」
言い出しっぺであるみさとが彰に駆け寄る。
「電車で、ちょうど会ったので、モデルをお願いしたんですよ」
「おおー! いい! これはいい!」
ひとしきりの称賛の後、みさとは尋道をじろりと見た。
「やっぱり心当たりあったんだな。なんとなく、あのときの郷さん、変だったんだよね」
数日前の会話のことを言っているのだ。対して尋道、確信がなかったもので、と受け流している。
姉の一葉を通じて「舞浜クラフトギルド」に問い合わせたところ、デジタル捺染の技術を持つ工房の紹介を受けることができたのだ。ここで制作してもらったサンプルが、彰の着ているもの、そして、麻弥に渡した紙袋に入っているもの、であった。
「こやつめ、それで赤い顔してたのか。一枚あたり、いくらぐらいになりそう?」
麻弥をつつきながら孝子が問うた。
「多ければ多いほど安くなりますが、冒険もできませんし。そこは詰めていかないとですね。今回のだと、生地への印刷、裁断、裁縫に基本料金を加えて三万ぐらいだそうですから。一枚七五〇〇ですか」
紙袋にはTシャツが三枚入っていた。彰の着ているものと合わせた四枚で三万を割った、という計算だ。
「……郷本君。三万円も払ってくれたの?」
「いいえ。一葉さんが出してくれました。カラーズを通じて名を上げる気満々ですよ、あの人。アクセサリーを預かってます。アメリカの二人に着けてもらってほしいそうで」
「一葉さんのアクセサリー、細かいもんな。いいんじゃないか?」
「……うん。これなら売れるね」
ワークデスクの上に並べられた三枚のTシャツを、黙然と見定めていたみさとがうなずいた。
「よし。これを『カラーズショップ』の主砲にしよう。郷さん、発注!」
「このままでは駄目です」
「どこが?」
尋道はTシャツのイラストを指した。
「ナジョガクさんと鶴ヶ丘のジャージーをイラストに使ってます。サイトに表示するだけなら前にいただいたお許しでいいでしょうけど。商売をするなら新たに申し入れて、売り上げの一部を支払うことなんかも考えないといけないでしょ」
「ああ。確かに」
顎に右手を当て、みさとは思案顔になる。
「何枚ぐらいいけるか。枚数を定めて、見積もりを出してもらわないとね」
「その前に、レザネフォルに送りましょう」
「グッドアイデア。先行プロモだ。一葉さんのアクセと併せて送るぞ。雪吹君、脱いで」
服に手を掛けられて、きゃっ、と彰がおどけて声を出す。それを見た孝子が、エロみさと、とののしる。
「違うわ! 雪吹君が着られるサイズなら、アーティもいけるでしょ。着てくれるかもしれないじゃん!」
弁明も「エロみさと」の連呼に押し切られそうになり、ついには実力行使でみさとは孝子に組み付く。孝子も応戦して、SO101は大騒ぎだ。




