第一六二話 私のために鐘は鳴る(一四)
カラーズの「両輪」こと斎藤みさとと郷本尋道は、このところ舞浜大学インキュベーションオフィスSO101に、早朝から詰め切る日々を続けている。原因は市井美鈴のカラーズ参加だ。さすが日本女子バスケットボール界随一の人気者である。問い合わせの件数がどっと増えた。
事態には、一つの伏線がある。それは美鈴との契約に際して起きていた。カラーズの方針としてSNSは控えめに、との要望が尋道によって出されたのだが、
「郷君、合点した!」
受けて、なんと美鈴は、抱えていたSNSのアカウントを、その場で全て削除してしまったのだった。これまでSNSに親しんでいなかった静とは違う。多くのフォロワーを抱える自らのSNSを、大過なく運用してきた実績のある彼女だ。尋道も、控えめに、という表現にとどめていたにもかかわらず、である。
「さすがは姉ちゃんよ」
独り言ちてにんまりとしているのは孝子だった。
つまり、かつての美鈴のフォロワーたちが殺到している、ということなのだ。
この日もSO101には「両輪」がいる。早朝から昼下がりまで、二人ともノートパソコンに向かいっ放しなのは同じだが、その動きは対照的だ。みさとは、じっと画面に見入っている時間が長い。尋道は、せっせと目を、手を動かしている。
やがて、大きな伸びの後、立ち上がったみさとがコーヒーメーカーに向かう。
「郷さん、いる?」
「いえ。僕は」
「あい」
カップを手に戻り、一口飲んで、ほう、と一息だ。
「問い合わせは、どう?」
「返信しているのが僕一人なので減りません」
問い合わせをあしらう手を止めずに尋道は返す。
「う……。申し訳ない」
「冗談です」
「心臓に悪いよ。あの、郷さん、ね。GT11の品を流してもらうって話だけど」
デレクの伝言を受け、みさとはGT11製品の具体的な取り扱い方法の検討を開始していた。ノートパソコンとのにらめっこは、その一環だった。
「はい」
「フルフィルメントサービスを使おうと思うんだ」
通信販売において、受注から納品、そのアフターケアまでを一手に請け負うのがフルフィルメントサービスだ。人も場所も持たないカラーズにとって格好の業態といえる。
「それしかないでしょうね」
「郷さん。見て」
ノートパソコンには表計算で作成された比較表が表示されていた。大手EC業者や大手運輸会社など数社の、それぞれの長短がまとめられている。
「実際に、どれだけの数を回してもらえるかが、問題になりそうですね。手数料次第では赤が出る可能性もありますし」
「そこまで少ないかな……?」
「GT11は品質最優先で極端に品薄らしいですね。加えて、アーティさんの人気です。あの人のファンの女の子たちが、こぞって買ってる、って話ですよ。全く読めません」
自席に戻りながら尋道は続ける。
「まあ、アーティさんお気に入りの静さんの関係者なので、そこまで邪険にはされない、と思いたいですが」
応えず、みさとは頬づえで窓の外に目をやっている。外は曇天だ。予報ではこのまま崩れて、夜には雨になるという。
しばらく室内には尋道がパソコンを扱う音だけが響く。
「……正村シャツとかも真面目に検討したほうがいいのかな。品ぞろえの多角化だよ。GT11に期待し過ぎるのは危険、って郷さんと話していて思ったわ」
「正村シャツ? なんですか、それは」
麻弥のイラストを使ったTシャツを、という孝子たちに披露していた案をみさとは語った。
「ああ。面白いかもしれませんね。ちょっと当たってみましょうか」
「心当たり、あるんです?」
「いえ。ないですが。調べてみよう、という話です」
うそであった。下手に、ある、と言ったが最後だ。いつだかの夜のように、みさとは同行すると言い出すだろう。尋道はそれを忌避したのだ。
尋道の姉はアクセサリー作家である。彼女は師事する親方の工房に属しているのだが、この工房をはじめとする小規模な職人の寄り合い「舞浜クラフトギルド」の存在を、尋道は思い起こしていたのだった。「舞浜クラフトギルド」は服飾が主の集まりという。職人間のコラボレーションも盛んで、一葉も飾りボタンを提供した経験があるとか。問い合わせれば何かしらのヒントは得られることだろう。




