第一五八話 私のために鐘は鳴る(一〇)
美鈴に遅れること二日。静はレザネフォルに到着した。到着ゲートの途中で人の流れを外れて、一息だ。
静は疲れ切っていた。慣れない、というか、初めての単独行で、心身に甚大なダメージを負っていた。前回は隣に伏見由香がいてくれた。日本からアメリカへ。アメリカから日本へ。同行して、あれこれ引き回してくれた存在が、どれだけ心強いものであったか。一人きりの一〇時間超で思い知ったのだ。
外は快晴である。しょぼついた目で、しばらく眺めた後、のろのろと動きだした。この単独行で静は、思っていたよりも自分が気の小さい人間である、と気付いた。ライブで得た熱情も完全に消え失せていた。こんなことで、この先、やっていけるのか……。
暗い顔で到着ロビーに出たところを、おーい、の声だった。見回すと、右腕を突き上げて歩いてくる美鈴の姿が目に留まった。
その姿を認めた瞬間に、静の目からは涙が噴きこぼれていた。しおれた心根に再会の事実が染み入ってくる。あいつには負けない、とうそぶいていたことなど、きれいに忘れ、美鈴の声が福音めいた響きにさえ聞こえていた。
「どうした!?」
駆けてきた美鈴に、倒れ込むように体を預けた。そのまま、しばらく動くことができない。美鈴は体を密着させ、きつく抱き締めてくれた。これで、ようやく落ち着いた。
「すみません。もう大丈夫です」
「うん。でも、どうした?」
ハンカチで静の顔を拭いながら美鈴が問うてきた。
「……一人で旅をするの、これが初めてだったんです。前に来たときは、ずっと一緒に行動してくれた人がいたんですけど、今回はお願いしてなくて。……一人はすごく怖かった。それで、市井さんの顔を見たら、安心しちゃって、つい」
隠さないことにした。多分、肩肘を張り続けることのできる性格ではないのだ。そう静は自らを分析していた。
「ああ……。そっか。それは、私もごめん。さっさと行っちゃったけど、待てばよかったかあ」
ぽかんと口を開けた美鈴のほうけた顔に、静は思わず噴き出していた。
「何を笑っとるか」
「台無しな顔で」
美鈴がぐいと腕を回してきて、静の頭を脇に抱えた。つむじを攻撃されて、静は笑いながら悲鳴だった。
「一人で、来てくださったんですか?」
「いや。アートと一緒だよ。駐車場まで距離があるっていうんで、やつは車寄せで待ってる。じゃあ、行こうか」
ターミナルビルを出ると、真正面に見覚えのある赤いクーペがとまっていた。のぞき込むと、運転席のアーティが、右手の親指を突き上げている。
「待ってたわよ、シズカ。……どうしたの、その目は?」
「え……」
まだ泣きぬれた目は元に戻っていなかったらしい。
「寝起き?」
「いや。べそかいてた」
あっさりと美鈴にばらされて静は叫んだ。
「ミスズ! やめてよ!」
「べそって、何かあったの……?」
「取りあえず、車を出して。道々で話すよ。よし。乗れい」
アーティは車を発進させた。するすると流れに乗せたところで口を開く。
「で、何があったの?」
「一人でアメリカに来るの初めてで、怖かったんだって」
「……そう。そういえば、前はユカが一緒だったのね」
豪快に笑われるかと思いきや、アーティは何やらむっつりとしている。
「……アーティ、どうしたの?」
「……私も、例えば、一人で日本に、なんて話になったら、怖いかも、って思ってね。私も一人で旅行をしたことないわ」
「じゃあ、お世話になってるお礼に、日本に招待するよ。一人で来て」
言った途端に美鈴は頭をわしづかみにされている。たった二日で、すっかりなじんでいるようだ。この社交性に代表される美鈴のきらめきも、つい先日までの静には目障りなものであった。しかし、今は違う。ただただ心強い。現金なものである。




