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未知標  作者: 一族
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第一五七話 私のために鐘は鳴る(九)

 ライブ会場は、前回から引き続いての喫茶「まひかぜ」である。そろいのサスペンダーを着けたザ・ブレイシーズの面々も準備万端の様相だ。

「もうちょっと時間があれば、曲も増やせたし、場所も考えられたんだけどね」

 リーダーに推されたという郷本信之がつぶやいた。

「そうなると、私が聞けないじゃないですか。ご老体」

「招待しますよ。ご老体。ケイティーが、歌だけだと収まりが悪い、って言うんで。鍵盤を使えるスペースがあればなあ、と」

「まあ、この店じゃ、立って使う楽器がせいぜいだね」

 言って、岩城は手狭な店内を見回した。コーヒーをたしなむには最良となる「まひかぜ」の重厚も、時と場合によりけり、ということだ。

「ええ。そうしたら、剣崎さんにドラムをお願いして、私がベースをやって。スリーピースのバンドになる」

「バンド! 見たい!」

 静の隣でコーヒーを飲んでいた那美が叫んだ。

「となると、そこのショールームにある練習スタジオあたりですかね。大きさも手ごろですし」

「勝手に盛り上がらないでください。次があるかもわからないんですよ。あ。静ちゃん。スマートフォンを貸して」

 会話に孝子が割って入った。

「うん。……お姉ちゃん、ライブは、これが最後なの?」

「……あるとしたら、次は、新人王記念とかじゃないの」

 受け取ったスマートフォンを、いつぞやと同じく両手に持って孝子は操作している。

「新人王か……。頑張るよ。新曲、あるの?」

「……一応。ああ。そうだ。『指極星』だけど『the pointers』って題名を変えたよ。上書きするけど、中身は変わってないから」

「え!? なんで!?」

「……なんで、って。歌詞が英語なんだし、題名も英語のほうが自然でしょ」

「……駄目。犬みたいで嫌」

「……ああ。こんな名前の犬がいるね」

「極を指す星のほうがいい」

「……はあい。私がもう少し操作が早ければ上書きできたんだけど。間に合ってしまった」

「それでいいんだよ」

「今、静お姉ちゃんのスマホに曲を入れてるの?」

 那美が首を突っ込んできた。

「……うん」

「ずるい。私も聴きたい。静お姉ちゃん。最愛の妹にスマホ、買って。プロになるんだし、お金ならあるでしょ」

「えー……。お母さんを説得できるなら、いいけど」

「そんなこと、できるわけないじゃん」

「じゃあ、駄目。私だって怒られたくないよ」

「オーディオプレーヤーは、どう? ママさんも、そこまでは制限してないでしょ?」

「CDプレーヤーなら、あるよ。『昨日達』のサントラを聴くのに、買ってもらった」

「だったら、CDにしない? 私も記念に欲しいし」

「でも、郷本さん。少ロットは高くつきますよ」

「……すみません。そろそろ、ライブを始めていただけませんか」

 おずおずと静は切り出した。というのも、スマートフォンの操作を終えた孝子が、露骨に退屈そうな顔をしていたのだ。

「あ。静お姉ちゃん、自分は曲を手に入れたからって、人ごとみたいに」

「いや。妹さん、よく見てた。ケイティーが、早くしろよ、って顔してる」

 はっと皆の視線が孝子に集中した。半眼が返ってくる。

「後にしてくださいね」

「もう。ケイちゃん。ファンは大切にして」

「ファン対応は私の担当じゃないの。なんのためにリーダーを置いたと思ってるの」

「え。そういう意図かい?」

「さあ。主賓を待たせないで。始めましょう」

 ライブは演目を倍の四曲に増やして開催された。『逆上がりのできた日』と『指極星』は続投で、『FLOAT』と『My Fair Lady』の二曲が加わった。いずれも孝子が過去に制作した楽曲という。

『FLOAT』は帆船の海路を見守るていが歌われている。図ったわけではなかろうが、いよいよLBAの舞台に立たんとする静には心強い内容だった。

『My Fair Lady』も見守るていの楽曲ではあった。ごく短い演奏は、帆船のような無機物ではなく、最愛の人を対象としていた。義姉でも、ラブソングのようなものに興味があるのか、と新鮮な驚きで静は聴いたものだ。

「お姉ちゃん! ありがとう! 最高だったよ!」

 相変わらず、孝子の歌声は圧倒的だった。脇を固める音楽家と演奏家も揺るぎない。今回も、岡宮鏡子は、ザ・ブレイシーズは、静に勇気と希望を与えてくれた。

「次は新人王ライブね。約束だよ」

「姉ちゃんも、新人王の対象になるのかな? もし、そうなら、強敵だね」

 現状、孝子が「姉ちゃん」呼ばわりをする存在は市井美鈴の他にない。

「あの人にだけは負けない! 見てて! 必ず勝つ! 新人王ライブ、絶対だよ!」

 ライブだけの問題ではなかった。春菜のライバルは自分一人でいい。邪魔者の市井美鈴には負けられない。負けてはならないのだ。

 珍しい義妹の鋭気に孝子は目を見張っている。

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