第一五五話 私のために鐘は鳴る(七)
エディ・ミューア・ジュニアの連絡があったのは、当日の午後のことだ。SO101も人数は減って、みさとのみとなっている。
美鈴は麻弥の運転で、東京都大港区のウェヌス本社に向かった。練習の再開に備え、用具を回収したい、というのだ。孝子と春菜は海の見える丘まで二人に同乗し、留守番である。松波に依頼した以上、カラーズは前に出るべきではない、という尋道の主張の裏で、きゃつらを連れていって波風を立てられても困る、などとみさとが麻弥に耳打ちしたのだ。大いに麻弥はうなずいたことである。正午を過ぎたあたりから眠いを連発しだした尋道は、静と彰に付き添われて鶴ヶ丘に去った。帰社する山寺が、これを送り届けている。
「おっ。来ましたね」
ノートパソコンの画面に受話を促すボタンが表示された。押すと、コミュニケーションツールにエディの顔が現れる。
「エディさーん。ビデオは見ていただけましたか?」
みさとが手を振ると、エディも愛想よく笑いながら手を振り返してきた。
「見たよ、ミサトサン。いい選手だね。グッドシューターだ。ミスズ・イチイサンのことは、アリーも知っていたよ。期待できると思う」
アリー……? LBAの選手の名か。聞かない名だ。
「……エディさん。今、私しかいなくて、バスケの話はよくわからないんです。会話を録音させてもらって、後で市井さんに聞かせてもいいですか?」
「もちろん」
「じゃあ、始めます」
「はい。……ああ、アリーをご存じなかったですか? アリソン・プライス。サラマンドの選手だよ。LASUの友人で、今でも付き合いがあるんだ」
「アリソン・プライスさん、ですね」
手早くスマートフォンで検索したみさとは、アリソン・プライスを全米チームのエースガードと知った。アリゾナ州サラマンド市を本拠とするミーティアというチームの所属という。
「おう。きれい」
検索結果に付随してきた画像で、みさとはアリソンの容姿を確認した。金髪で、やや面長の、美貌と称していい顔立ちをしている。
「アリソンさんは市井さんと試合をしたことがあるんですか?」
「いや。ミスズ・イチイサンを研究したことがあって、それを覚えてたらしいよ。すばしっこくて、シュートがうまくて、タフな相手だったから、負けてくれて助かった、って。多分、ナショナルチームの話だと思うけど、詳しくは聞かなかったんだ。確認しようか?」
「いえ。市井さんに聞いたらわかると思うので大丈夫です」
「わかりました。アリーが言うには、ドラフトは難しいかもしれないけど、シューターの弱いチームが契約するレベルには達していると思うんで、ピックアップしてみたら、って。僕もその線でミスズ・イチイサンを売り込むつもりだよ」
「はい」
「ドラフトは難しくても、ミスズ・イチイサンはドラフトの対象選手なんだ。ドラフト前に契約を結ぶことはできないんだ。話がまとまるのは少し先になると思う」
だいたい山寺の予想どおりの流れになるようだ。
「ただ、各チームのキャンプに招待される可能性があるんで、できるだけ早くこちらに来たほうがいいね。ああ、その時は、シズカサンも一緒に。アートが、シズカはまだ来ないのか、ってうるさいんだ」
「静ちゃん、もうすぐ高校の卒業式なんです。それが終わったらすぐに向かうと思います」
「うん。ミスズ・イチイサンも、うちを拠点にしたらいい。最近は、毎日、シェリルが来てアートとワークアウトしているよ。二人と一緒にやって、キャンプに備えるんだ」
「はい! 伝えます!」
この日のエディは手短に会話を終えた。早速、美鈴の売り込みを開始するのだという。
みさとはカラーズの面々に、エディとの会話を録音したので確認するべし、と連絡を流す。すると、間もなく美鈴がSO101に姿を現した。麻弥も一緒だ。ちょうど帰途だったという。
録音した音声を聞き終えた美鈴は、目をきらきらとさせて叫んだ。
「すごい! アリソン・プライスが私を知ってた!」
「エディさんの話、わかります?」
自分と美鈴のためのコーヒーを淹れながら、麻弥が問うた。みさとは、朝以来、何杯目か知れぬ、と遠慮している。
「うん。去年の世界選手権。準々決勝で勝ってたらアメリカとやれた。負けちゃったけどね」
「じゃあ、残るはウェヌスさんですね」
「ああ。帰りにウェヌスの部長って人に聞いたんだけど、松波先生からウェヌスに連絡があったんだって。ほぼ大丈夫っぽい」
「そうなんです?」
みさとの問いに、美鈴が大きくうなずいた。
「斎藤さんの読み、大当たり! 松波先生の正式の申し入れで、ほぼ諦めてくれてます! よっし! 行ける! 行けるよ!」
「おおー!」
「ありがとう! カラーズさんが道を開いてくれたの! 本当にありがとう!」
興奮して抱き付いてきたり、肩を組んできたりと動きの激しい美鈴をなだめながら、みさとと麻弥はSO101をら退出する。今日はここで上がりである。壮行会には早過ぎるだろうが、騒ぎたい気分は抑えられそうにない。純粋な感謝と歓喜の思いが伝染して、美鈴の左右に付いた二人の足取りも、ステップのように軽やかであった。




