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未知標  作者: 一族
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第一四九話 私のために鐘は鳴る(一)

 バスケットボールの世界に限った話ではあったが、徐々に名を知らしめつつあったカラーズ合同会社にとって、それは最初の大きな舞台となるだろう。『バスケットボール・ダイアリー』誌の取材に臨むのだ。ダイアリーとぐらい付き合いを、という穏健派の新入りの意向を尊重した形になる。

 一方、過激派の「姉妹」は、不承不承の表情をなかなか崩さなかったが、これを説得したのはカラーズの「両輪」だ。抜きんでた知名度を誇る老舗誌を利用して、カラーズのイズムを拡散するべし。なお、用済みとなった暁には……。言い出すほうも言い出すほうだが、手を打つほうも手を打つほうではあった。

 取材は二月末に行われた。カラーズ勢は孝子、静、みさと、春菜、彰の五人が出席する。麻弥と尋道は狭い本拠地に配慮して欠席であった。

 一方のダイアリー側は、編集長の山寺(やまでら)和彦が直々のお出ましという。取材の企画書を提出してきたのは別の編集者だったが、直前になって担当者の変更が申請されていた。

「これは、おそらく、ハルちゃんの名前を見てだね」

「関係ないですよ」

 みさとの予想に、春菜はにべもない。

 車で伺う、との連絡を受けていたので、一行はインキュベーションオフィスの駐車場に、約束の時間となる午後二時の一五分前に陣取った。つい先日までの寒気がうそのように、一気に春めいたこの日、それぞれの格好も軽快なものへと変わっている。

 やがて到着した車から降り立った山寺の開口一番も、陽気についての所感だった。

「やあ。いきなり暖かくなりましたね」

 そう言いながら笑う山寺は白い開襟シャツに腕まくりで、左手にはジャケットをつかんでいる。

「山寺さん。その格好は早くないですか?」

「うん。車の中は暑いぐらいだったんだけど外は無理だったね」

 彰の声に応えつつ、山寺は素早くジャケットを着込んだ。そのまま車の助手席側に回ると、ショルダーバッグと何やら赤い小箱を取り出して、これを手にカラーズ一同に近づいてくる。

「神宮寺さん。おめでとう。赤でまとめてみたよ」

 赤い小箱はプリザーブドフラワーの小鉢だった。中の花も赤く、外も中も真っ赤な贈り物である。静がセレクションに合格したレザネフォル・エンジェルスのチームカラーにちなんでのことだろう。

「ありがとうございます」

 SO101に場を移し、名刺の交換が始まった。このときのためにみさとが手配した、それぞれの名刺を手に山寺は目を細めている。

「失敬。最近、近くが見づらくて」

 取り出した眼鏡を掛け、改めて名刺を見渡した後に山寺がつぶやいた。

「……電話番号を伺っても?」

 カラーズの名刺には社名と氏名と肩書きと、そして公式サイトのアドレスしか載っていないのだ。

「ありません。弊社への連絡は全て公式サイトの経由をお願いしています」

「神宮寺さんは、高校のときは携帯電話はない、って言ってたけど。アメリカには持っていったでしょう?」

「弊社で契約したものを持たせました。弊社の備品です。私の許可なくナンバーを開示することはできません」

 静の返事よりも先に孝子だ。無表情に大うそを吐いている。神宮寺家の人たちが持つ携帯電話は、全て神宮寺隆行を代表者とする家族割引サービスの一員となっている。料金は隆行の銀行口座から支払われているのだ。カラーズは関係ない。

 うっ、と詰まった山寺は、出されていたコーヒーを一口飲んで、その後は沈思だった。発言者と、その同調者である春菜以外も、あっけにとられている。

 低調な出だしとなった取材は、相次ぐカラーズ側――というか、ほぼほぼ孝子――のイズム発揮により、ますますその高度を下げていった。後で原稿に起こすために、取材の模様を録音したい、と許可を求めた山寺に対し、結構だ、こちらも録音するつもりだった、とレコーダーを取り出したり。静へのインタビューに際しては、押し黙ったまま、半眼でじっと山寺の一挙手一投足を監視したり。かねがねうわさにはなっていたが、晴れて彰を静の恋人と紹介していいか、の問いには、バスケットボールと関係のないことは控えてもらおう、と「殺人光線」を射出したり。「カラーズのイズム」などという言葉を言い出した片割れながら、あまりに想定を超えた孝子の言動に、斎藤みさとは半ば顔を青白くしながらフォローに奔走するありさまだ。

「手強い……!」

 予定を消化し終えた瞬間、山寺が声を上げた。年かさであり、ジャーナリストとしての経歴も長い彼は練れたところを見せて、笑顔交じりの慨嘆である。己の行動に全く悪びれるところのない孝子は、つんと取り澄ましている。

「もおおおお! この子、金輪際、外に出さない……!」

 絶叫は、半分本心で半分演技のみさとだった。冷え切ったSO101を、せめて常温に戻そうという奮闘なのだ。

「私、COOになろう。最高執行責任者。カラーズの顔は私。おい。兼任だぞ。お給金は二倍ね」

「コーヒー、一日に二杯飲んでいいよ」

「え? うちのお給金ってコーヒーだったの!?」

 べらべらと孝子が始めている。誰のせいで奮闘する羽目に陥ったのかはさておくとして、みさとへの助け船のつもりだ。

 一日一杯。二杯目以降は有償のこと。その値段は、コーヒー豆の一パッケージから、だいたい何杯が飲めるかを割り出した結果で、すなわち一杯五〇円なり。つまり、置き換えれば日給は五〇円ということか。カラーズ、衝撃の給与水準に、SO101はどっと沸き返ったのだった。

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