第一四六話 加速度(一三)
静の報告会兼祝賀会の翌日の昼下がりだ。孝子、麻弥、春菜に彰を加えた四人がSO101に顔を出すと、室内にはみさとと尋道がいて、肩寄せ合いながら一台のノートパソコンをつついている。
「おーっす。いらっしゃい」
「お邪魔します」
彰は昨夜、孝子にカラーズの見学を申し込んでいたのだ。
「正村。椅子、持っておいでよ。折り畳みの」
「そうだな」
「正村さん、僕が」
「いいよ。二つぐらい」
SO101を出ていった麻弥は、すぐに折り畳み椅子を二脚抱えて戻ってきた。春菜と彰が椅子を受け取って腰を下ろす。
「ぼちぼち取材の依頼とか入ってきてるよ。野中さんが頑張ってくれてるんだろうね」
この日付で静のマネジメント業務は、野中主務からカラーズへと移行された。そのアナウンスは野中主務が請け負っている。
「それは頑張りますよ。あんな高いものをいただいたんです」
高いものとは、これまでの彼女の貢献に対して、神宮寺美幸が贈ったハイブランドの長財布である。欲しくて仕方がなかった、というものが手に入り、野中主務、張り切っているようだ。
ちなみに、野中主務の趣味を探る役目を仰せ付かったのは春菜だった。
「野中さん。静さんのお母さまがお礼をしたいそうです。一〇万円ぐらいまでで欲しいものを、具体的に言ってください」
……明快で結構なことではある。
「早速、三つ、お断りしちゃったぜ。『お断りテンプレ』大活躍」
「お断りテンプレ」とは、カラーズ一同で推敲したお断りメールのひな型のことだ。
「今はまだ少ないですが、静さんの活躍が知られるにつけて問い合わせも増えていくでしょう。それらを選別、基本的にはお断りするのがカラーズの役目ですね」
尋道が、主に彰に向かって説明する。うなずいていた彰が、ふと首をかしげた。
「どこなら応対する、とかは決まっているんですか?」
「いいえ。雪吹君に何かお考えがあれば、ぜひ」
「ダイアリーさんは、どうでしょう」
『バスケットボール・ダイアリー』は、創刊から五〇余年を数えるバスケットボールの老舗誌だ。長年にわたって築き上げてきたコネクションと、そのコネクションを駆使した綿密な取材とで、業界の旗頭とされる存在である。
「ああ。ダイアリーか」
親友の義妹に関する記事が掲載されているとき限定の読者だった麻弥がうなずいた。
「おお。大手じゃん。そういうところとコネクションを持てたら、カラーズも、ちょっとすごい感じじゃない?」
雑誌自体は読んだことはない、というみさともうなずいた。
「そういえば、ダイアリーさんが、静ちゃんのアメリカ行きに同行しての取材をしたい、って話もあったんだって。おばさまが断ったけど」
こちらは気のない反応の孝子だ。尋道はダイアリーの名に特に思うところもなかったようで、エグゼクティブ・アドバイザーに視線を送る。
「雪吹君がそう言うのなら、いいんじゃないですか」
尋道の視線に気付いたエグゼクティブの言葉である。
「ハルちゃん、とげのある感じね」
「いえ。取材もたくさん受けたでしょうし。その雪吹君が言うんです。いいと思いますよ」
「ハルちゃんは?」
「私、取材を受けたこと、ありません」
「声を掛けても絶対に無視される、って、ダイアリーの記者さんに聞いたことがありますよ」
彰が小さく笑った後は、なんとなくよどんだ空気へと場がなりかかる。顔に無用と書いてあるような孝子と、これに同調風味の春菜と、この両者の態度のせいだ。
「雪吹君もカラーズに入りませんか?」
突如、言い出したのは尋道だった。
「いいんですか?」
「ええ。完全な手弁当ですけど、よろしければ」
「はい。お願いします」
見学を申し込んできたあたり、そのつもりは十分にあったのだろう。勢いよく彰は頭を下げた。
「神宮寺さん。いいですか?」
「うん。でも、確認する前に、もう決めちゃってるじゃない」
笑いながらの返答に、尋道も笑いで応じている。
「雪吹君がカラーズにいれば、静さんもとても心強いんじゃないか、って思いまして。それに」
隣にいたみさとのほうに顔を寄せて、これは人の悪い笑みだ。
「あの二人は、どうも精神的な姉妹っぽいじゃないですか。過激派ですよ。穏健派の味方を増やすべきと思いまして」
「あ、それ、いいんじゃない?」
指されていたのは、無論、孝子と春菜である。




