第一三五話 加速度(二)
内覧を終えたカラーズ勢は、SO101の契約を斯波に対して申し入れた。旗振り役は、当然のみさとと、そして春菜だ。SO101の契約は、すなわち、起業を正式に決断した、ということになる。当初の予定は、静のセレクション合格を待って、だったので見切り発車となるが、春菜の太鼓判が孝子の背を押したのだ。
「シェリルとアーティが静さんを評価したのなら、これは金鉄です。動いても大丈夫です」
「おはるがそう言うなら、私は信じるよ」
「うむ。エグゼクティブ・アドバイザーだしね」
突然、横文字を口にしたみさとに、全員がぽかんとなった。
「役職だ。役職。ハルちゃんには、バスケットボールに関するあらゆることをCEOに助言する役目を担ってもらうよ。だから、エグゼクティブ・アドバイザー」
「お任せください。あ、斎藤さん。名刺とか作らないんですか?」
「もち、作るよ。ああ、そうだ。あんたは、前も言ったとおりにCEO、最高経営責任者ね。で、あんたはアート・ディレクター」
「……私もあるのか」
「あるよ。で、私はファイナンシャル・マネージャー」
「……楽しそうね」
「小娘」たちのさざめく様子を、斯波と並んで見ていた涼子が、ぽつりと言った。
「涼ちゃんも混ぜてもらったら?」
「私にできることなんて、学協の商品に少し色を付けるぐらいよ」
「それ、お願いします」
進み出たみさとが、涼子の手を握って振り回す。
「そうですね。パーチェシング・マネージャーなんて、どうですか?」
「ええ……? よくそういうの、とっさに思い付くね」
笑いながら涼子は孝子に視線を送った。孝子の返しはピースサインだ。
「そうだ! テクニカル・ディレクターにも声を掛けないと!」
「……誰だよ」
「郷さんに決まってるじゃん」
早速、みさとはスマートフォンを取り出して、郷本尋道を呼び出している。やりとりの途中、送話口を押さえ、
「斯波さん。ここ、いつ使えるようになりますか?」
「じゃあ、すぐにでも。ひとまずICカードを渡しておくよ。契約後は、それぞれのスマートフォンで出入りできるようにするんで、そしたら、カードは返して」
「はい。すみません。ありがとうございます」
斯波の了承を得ると、二言、三言の後にみさとは通話を終えた。
「どうした」
「今日は都合悪いって。明日。今日と同じ時間で約束した」
「じゃあ、今日はこれぐらいかな。最後にちょっと作業しよう」
インキュベーションオフィスの一階奥にある備品庫には、既に退去した先人たちの遺産があるのだ。机、椅子、ロッカーやパーティションなど寄付された――置いていかれた――品は多岐にわたる。大型のワークデスクと椅子を六脚、キャビネットを一個、ロッカーを一台。孝子たちはこれらを借り受けてSO101に運び込んだ。ただでさえ狭いSO101は家具だけで満杯である。
「さすがに、これはスペースがなさ過ぎると思う」
涼子の指摘を受けて再検討の結果、全員が学生で勢ぞろいする機会も、それほどないだろう、とワークデスクを一回り小さいものに交換、椅子を四脚に減らし、これなら、ということになった。
作業が終わり、外に出たところで、涼子が孝子の肩をちょいちょいとつついた。
「ねえ。ティーンエージャー、ちょっと付き合わない?」
「はい」
「斯波さん。さっき、プレゼントを一緒に選ぼう、って言ってたよね」
「でも、私には興味ない、とも言ってましたよ」
「じゃあ、二人で行こうか。お先」
腕を絡めて歩きだす二人を、じんわりとした笑みで斯波は見送っている。
「いやあ、失言は後を引くね」
「でも、風谷さんを前にしたら、孝子なんか眼中になくても仕方ないですよ」
「聞こえたぞ、正村」
振り返った孝子がにらんでくるが、無論、いつもの「殺人光線」ではない。麻弥が手を振ると、孝子も振り返してくる。
「斯波さん、早く」
「じゃ、僕も行くよ。皆も気を付けて」
「お疲れさまでーす。……さて。私たちはどうする?」
「肉でも行くか。決起集会」
「いいですねえ」




