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未知標  作者: 一族
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第一三〇話 TRANCE-AM(七)

 このチャンスを逃すな、と伏見は言ったが、静の意向に関係なく、むしろ、チャンスのほうから怒濤のように迫ってくるようだった。

 朝食を終えた静と伏見は、荷物の引き取りとキャンセル手続きのために、いったんホテルに戻る旨をミューアファミリーに告げた。すると、アーティが、乗せていってやる、と言い、例の赤いクーペに二人は押し込まれた。

 ホテルに到着するや、アーティは、この二人の支払いは私がする、とフロント相手にわめいて、静を驚愕させる。さすがに伏見が止めに入るも、さっさと荷物を持ってこい、と追い払われた。

「……結構なじゃじゃ馬って聞いてたんだけど、うわさ以上ね」

 エレベーターの中で、大きく息を吐きながら伏見が言った。

「アーティの庇護がある限り、安泰そうね」

「うん……」

「ただ、一度、恨まれたら面倒そうよ。気を付けて」

「気を付けて、って言われても……」

「おだてておけば大丈夫でしょ」

 スーツケースを引いてロビーに戻ると、次に連行されたのは三日前に静の降り立ったレザネフォル国際空港そばの巨大な建造物だった。看板には「THI CENTER」とある。

「ここにエンジェルスのオフィスがあるのよ。チームでのワークアウトも、ここね」

 早口に言いながら、アーティは静と伏見を中へといざなう。付き従っていくと、奥まった場所にある総ガラス張りのオフィスにアーティは入っていく。静と伏見は顔を見合わせて、いったん停止だ。

「ジェフ! ジェフ! いる!?」

「……アート? 何事だ……?」

 騒然とするオフィスの奥から進み出てきたのは、ブラウンの頭髪の、顔の長い、中肉中背の男性だった。これは、当地での中肉中背なので、一八〇近い。日本なら長身の部類だろう。レザネフォル・エンジェルス球団社長のジェフリー・パターソンだった。

「シェリルに聞いてるでしょう。日本のガールのセレクション。やる必要ないわよ。私が保証するわ。シズカは……」

 ここで顧みたアーティは、静と伏見がオフィスの外からのぞいていることに気付いたようだ。

「何をしているの! 入ってきなさいよ!」

「……ハーイ、ジェフ」

 精いっぱいの笑顔のつもりだったが、困惑が勝ってしまう。もっとも、受けたパターソンも、負けず劣らずの困惑ぶりである。

「ああ……。君が、日本の、シズカか」

「そうよ。シズカの能力は、私が保証するわ。さあ、契約よ」

「待ってくれ、アート。もうセレクションの日取りは決まってるんだ。リーグの人間も来る。こちらの都合だけでは動けないよ」

 これ以上はない、というぐらいの、見事な不満顔である。

「……いつよ」

「え……?」

「セレクションは、いつか、って聞いてるの」

「あ、ああ。八日だよ」

「八日!? まだ四日も先じゃない!」

「ジェフ! 八日に会いましょう! エンジェルスのみんなも、また会いましょう! じゃあね!」

 これ以上の大暴れを阻止すべく、静はアーティに組み付くと、ぐいぐいと外に押し出す。

「ちょっと、シズカ! 離しなさい! シズカ!」

 完全にオフィスの外に出したところで、静はアーティにささやき掛けた。

「大丈夫。アーティが、こんなに買ってくれている私が、落ちるわけない」

 よく言う、とは思うが、これぐらいのことを言ってのけなければ、この金髪女の心には響かない、と静は悟り始めていた。

「そうよ。だったら、セレクションなんかやらなくていいでしょう?」

「アーティだから、私の能力を見抜けたんだよ。その証拠に、LASUの人たちは私のことを、ちびの日本人としか思ってなかったじゃない」

「そのとおりよ」

 ころりと機嫌が収まったようだ。

「それにしても、シズカ。パワーもあるのね。ますます気に入ったわ」

 背が高く、脚も長い、すなわち腰高のアーティは押しやすいのだ。もちろん、余計なことは言わず、当然、といった表情でうなずく静である。

 伏見が遅れてエンジェルスのオフィスを出てきた。

「八日の、午後一時よ。セレクションは、ここで」

「わかったわ。じゃあ、次よ」

 今度は、どこに行こうというのか……。アーティの猛烈な推進力に覚えた感覚は、少しめまいに似ていただろう。のしのしと先を行くアーティの背中に、胸中で嘆息の静だった。

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