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未知標  作者: 一族
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第一二四話 TRANCE-AM(一)

 渡米した静が動きだしたのは、現地の二月三日だった。到着日である二月一日、翌日の二日を静養に当て、三日からセレクションに備えてのトレーニングに入る。トレーニングは、既に静に入学許可を出しているレザネフォル州立大学で行うことになっていた。

「シズカ。準備はいい?」

 三日の夕方、ホテルの部屋に静を迎えに来たのは、伏見由香という女性だ。伏見は美幸が手配してくれたボディーガード兼通訳である。

「うん、ユカ。大丈夫よ」

「じゃあ、行こう」

「現地の事情に精通」し、「日本語と英語が共に堪能」で、「いざというときにはシークレットサービスばりの立ち回りも可能」な「女性」――娘を異国に送り出す母親が出したオーダーに適合する人材は、もちろん日本国内には存在しなかった。伏見は、相談を持ち掛けた警備会社に紹介されたレザネフォルのプロフェッショナルなのだ。

 しかし、静を迎えるため、神宮寺家に現れた伏見の第一印象は、小柄で、小太りで、なんともさえないふうであった。

「もっと、ごっつい外国の人が来ると思ったのに」

 口さがないのは、もちろん那美だ。

「この見た目は、相手を油断させるための、世を忍ぶ仮の姿なのよ」

「本当にー?」

 伏見のジョークに、早速、那美は気を許したらしい。

「とう!」

 いきなり、那美が伏見に向かって手刀を振り下ろした。

「ほっ!」

 これを伏見は、白刃取りの要領で受けている。なんとも芝居がかっているではないか。

「やるな!」

「甘いわ!」

「那美!」

 ここで美幸の怒声が炸裂したので、伏見の腕試しはそれきりとなった。

「どう? 使えそうでしょ?」

「うん。静お姉ちゃんを、しっかり守ってね」

「任せて」

 那美の細腕を受け止めたといって、何がどうだというのか、ではあるが……。妹の奇行によって、伏見がユーモアにあふれた人物と発覚した。これは、見ず知らずの人との道中に、少なからず緊迫していた静にとって、ありがたいことではあった。

「結構、歩くんですね」

 ホテルを出た静と伏見は、日没間近の道を歩いている。二人の投宿したホテルは、レザネフォル州立大学とは指呼の間にあったが、既に出発して二〇分以上はたっていた。

「LASUは広いんだよ」

 LASUは、レザネフォル州立大学――Les Anneesfolles State Universityの略称だ。

「寒くない?」

「大丈夫。日本だったら、この格好じゃ無理だけど」

 長袖のシャツの上に薄手のジャケットという静の服装だ。背中には大きなリュックサックを背負っている。一方の伏見は厚手のベージュのコートだ。寒がりなのだという。

「本当にね。日本って、なんであんなに寒いの。久しぶりに帰ったけど、死ぬかと思った」

 レザネフォルの二月は日本の四月、五月に相当するという伏見の言だった。

「あれぐらいで寒い、寒いって言ってたら、北海道に行ったらどうなるの?」

「絶対に、行かない」

「じゃあ、もし私が北海道に住んでたら、迎えに来てくれなかった?」

「レザネフォルで待ってまーす、一人で来てね、って言う」

 言葉の後、どちらからともなく笑いだす。このとき、静と伏見の会話は、英語で交わされている。極力、英語で話してほしい。使わなければ、絶対に覚えない。この助言により、静は渡米後の会話を全て英語で行っている。高校時代の成績は優秀だった静といえども、いざ実地となれば、怪しく、つたなさが目立つが、それで構わない、と伏見は請け負ってくれていた。

 さらに数分を費やして、ようやく二人はレザネフォル州立大学の体育館に到着している。こぢんまりとした外観は、練習用ということだ。少し離れた場所には、LASUを象徴する巨大なLASUセンターがあるという。

 セキュリティーチェックを受け、ロビーに入ると、大声を上げながら近づいてきた者がいた。

「ハーイ、シズカ!」

 青いジャージーの女性は、女子バスケットボール部コーチのリサ・ファローだ。伏見をそのまま大きくしたような体型である。

「ようこそ、LASUへ。リサよ」

「ハーイ、リサ」

「チエは、元気?」

 手を差し伸べられ、握り返しながら、チエとは……、と静はしばし考えている。

「……ああ。イエス。リサに、よろしく、って」

 チエとは、各務智恵子のことだ。目上の名を呼ぶことなど、日本ではほぼないので、思い至らなかった。

 リサはにこにことしながら静の肩を抱くと、ロビーを抜けてアリーナへと導く。アリーナでは、LASU女子バスケットボール部の選手たちがたむろっていた。静はリサの紹介を受け、部員たちにあいさつをしたのだが……。事前に各務に予告されていたとおりの反応に、思わず静は笑いかけている。

「間違いなく、なめてくる、絶対にへらへらするな。一発、かましてやれ」

 わずかに手を振り返してくれた者もいたものの、ほぼ全員が無視である。冷笑を浮かべている者もいる。リサが、抱いたままの静の肩を揺すった。

「すぐに、この子たちもシズカのことを認めるようになるわ」

 アシスタントに導かれて、ロッカールームに向かう直前に、伏見が静の隣に寄ってきた。

「シェリルとアーティが来てるよ」

 伏見の示した方向を見ると、アリーナの隅のベンチに並んで座る二人の姿があった。褐色の肌のシェリル・クラウスとブロンドのアーティ・ミューアは、静が入団を目指すレザネフォル・エンジェルスの二枚看板である。

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