第一二二話 カラーズ(九)
尋道がLDKに姿を見せたのは、午前九時を少し回ったころだった。
「郷本君。大丈夫? 無理しないで。送ろうか?」
みさとが口を開きかけるも、孝子は「殺人光線」で黙らせる。
「大丈夫です。でも、帰りは送っていただけると、ありがたいですね」
「コーヒー、飲むか?」
麻弥が立ち上がる。
「はい。お願いします。ところで、聞いていただけましたか?」
リュックサックからノートパソコンを取り出しながら、尋道が三人に向けて問う。
「聞いた。災難だったな」
「こんなにエネルギッシュな人は、初めてですよ。でも、もう、乗せられないようにします。寝ないと駄目な人間、ってわかったので。実は、徹夜したの、これが初めてだったんですよ」
ノートパソコンがダイニングテーブルの上に、孝子たちに向けて置かれた。画面には、青を基調としたサイトが表示されている。
「ひとまず鶴ヶ丘のユニフォームの色を参考にしてあります」
サイトは極めてシンプルにまとめられている印象だ。メニューとしては「INFO」、「PROFILE」、「CONTACT」の三つしかない。
「これだけあれば、取りあえずは十分だと思います」
「見て。いろいろ、仮に入れてあるんだ」
みさとが身を乗り出して、ノートパソコンの画面に触れる。それぞれの項目に配されている、仮の日付や文章が表示される。
「はい。コーヒー」
麻弥がコーヒーカップを手にやってきた。尋道にカップを渡し、どれどれ、とノートパソコンをのぞき込む。
「……シンプルでいいけど、少し地味じゃないか?」
操作しながら、麻弥がつぶやいた。
「バックの全体に静さんの画像を使おうと思ったんですが、だいたいどこのサイトでも、同じことをやっていて。埋没するかな、と。ちょっと保留中です」
でも、それぐらいしかないですかね、と言って尋道は首を振る。
「……絵は、どう?」
「絵? ああ、イラストを頼むの?」
「いや。麻弥ちゃんに描かせる」
「絵」という言葉に身を硬くしかかるも、「頼む」いう言葉で力を抜きかかっていた麻弥が、ぶっと噴出した。
「あんた、イラスト描けるの?」
「いや……。まあ……」
「見せろ」
うなる麻弥の肩を孝子が抱く。
「手伝う、って最初に言ってくれたけど、今のところ何もしてくれてないね。責任を負わせてあげるよ」
「おい!」
「うそ。麻弥ちゃんの絵の雰囲気は好き」
顔を間近に近づけられての率直な称賛に、ぶつぶつ言いながらも麻弥は立ち上がった。麻弥が自室から持ってきたのは、先般の舞浜大学とウェヌススプリームスの試合の一こま、春菜のプレーを切り取ったものだった。春菜の他を圧したプレーに、インスピレーションが湧いた、と説明が入る。
「正村さん。なんてものを」
眼光鋭くドリブルをする自分の肖像に、春菜、まんざらでもない様子だ。
「試しに加工してみてもいいですか?」
「うん」
ノートパソコンの内蔵カメラで麻弥の絵を撮影した尋道が、数分の操作の後に披露したのは、春菜の絵がバックに表示されたサイトだった。
「あっ。ハルちゃんの公式サイト、かっこいい」
「静さんのイラストだったら、さらに映えますよ」
「いいね。写真より、私はこっちを推したいな」
わいわいとやっている四人から一歩引いていた尋道が、直立したままで寝かかっているのに気付いたのは春菜だった。
「郷本さん。大丈夫ですか?」
はっと覚醒し、黙ってうなずく様子は、どう見ても、大丈夫、ではない。
「郷さん、申し訳ない。調子に乗って、無理させちゃったみたい。本当に、ごめんなさい」
深々と頭を下げるみさとに、尋道は首を振ってみせる。
「大丈夫です」
ここで、大あくびが挟まった。
「ちょっと、SNSはやらなくても、って言っただけで、絡まれたときは、どうなることかと思いましたけど。ものすごく情熱的な方で、お手伝いできて楽しかった。少しでもお役に立てたなら、よかったです。ぼちぼち、車をお願いできますか?」
車の準備のため、孝子がLDKを走り出ていく。足取りの、あまりの怪しさに春菜が歩み寄って、尋道の体を支えた。
「正村さん。お供してきます」
「ああ。頼む」
見送りに、玄関まで付いてきたみさとが、尋道の肩に手を置いた。
「郷さん。この先もお役に立ってくれるでしょう? 私、サイトとか作れないよ! 見捨てないよね?」
「お前はな……」
麻弥と、自室から車の鍵を持って戻ってきた孝子とが、厳しい目でみさとをねめ付けたが、
「はい。カラーズさんが正式に起業した暁には、ぜひ、お役に立たせてください」
あっさりと、さっぱりと、尋道は答えたのだった。




