第一二一話 カラーズ(八)
さすがの孝子も、みさとの出撃にはあきれ返っている。春菜と共に帰宅したところで、麻弥の報告に、思わず、えっ、と立ち尽くしたのだ。
「本当に活動家ですね、斎藤さんは」
春菜のみは、にんまりと動じているそぶりもない。
「今ね、小磯の駅ビル。来る? ……って、一杯やってるんで、あんたは駄目か」
電話をかけたところ、このようなことを言ってきたので、ひとまずは静観しかない。
そして、翌朝。午前七時過ぎ、朝食の真っ最中に斎藤みさとの来襲である。
「みさとさんのお帰りですよー」
「早いね。……郷本君?」
応対した孝子が、液晶モニターの端に映った郷本尋道の姿に、思わず口走った。
「おはようございます」
「あんたたち、だらしない格好してない?」
幸い、季節は冬だ。夏場であれば、薄手のシャツやら、ショートパンツやらで、大わらわとなっていたかもしれない。
「斎藤さん、連絡ぐらい入れて」
言って、玄関に走り、扉を開けると、ちょうど尋道が顔を背けて大あくびの最中だった。
「朝早くに、すみません。悪いのは、斎藤さんです」
「なんだよ、郷さん。冷たいな」
何やら、意気投合している二人を、ひとまず孝子はLDKへと導く。
「お食事の最中だったんですね。ゆっくり食べていただいて。僕は、ちょっとそちらのソファに座らせてもらっていいですか」
ダイニングテーブルの上を見た尋道は、そう言うと、後は返事も待たずにリビングのソファに座り込み、自らの膝に肘を置いて、深くうつむいてしまう。背負っていたリュックサックを下ろさないまま、というあたり、少し妙だ。
「……郷本、体調悪いの?」
「眠いだけです」
「朝っぱら、呼び出されたのか」
「いえ。斎藤さん、うちに泊まっていかれましたので」
「……はあ?」
「斎藤さん、一体、何をしてたの?」
孝子の厳しい声にも、みさとに悪びれる様子はない。
「郷さんとね、カラーズの公式サイトについて話し合ってさ。二人のアイデアを盛り込んだプロトタイプを作ってもらったのよ。まさか、あんたたちの身近に、こんな技術者がいたなんてね。これは、いい出会いだったかもよ。郷さん、早速、見せて」
「先に、お食事をどうぞ」
「あんたたち、早く食べて」
「ごゆっくり、お願いします」
会話の間、微動だにしない尋道に、さすがのみさとも黙り込む。立ち上がった麻弥が尋道の耳元でささやき掛け、そのまま自室へと引っ張っていく。
「向こうで、ちょっと寝てもらうわ。……お前、あいつの家で何やってたんだよ」
「だから、カラーズの公式サイトを作ってたんだって」
小磯駅のフードコートで相対した二人は、カラーズの広報戦略について意見を戦わせたのだという。戦わせた、とはいっても、みさとが既に尋道の路線に関心を持っていたので、SNSの大規模削減は早々に確定し、話題は公式サイトの在り方に移った。両者、スマートフォンで有名アスリートの公式サイトを次々と表示しては、ここはいい、ここは駄目、などと論評し合っているうちに、時間は午後八時を回っていた。
「斎藤さん。僕、この後、バイトがあるので。そろそろ」
「じゃあ、終わるまで待ってる」
尋道のアルバイト先は地元のスーパーだ。夜の鶴ヶ丘に、時間をつぶすところなどは存在しない。その旨、告げられても、大丈夫、とみさとは聞かない。仕方なく、尋道は自宅へみさとをいざなうと、姉の一葉にみさとの対応を任せた、という……。
「お前、ばかか。人の迷惑ってものを考えろよ」
「各務先生のおっしゃってた、手綱を放すな、って、こういうことだったんだね」
「それで、郷本さんのバイトの後は、どうなったんですか?」
春菜だけは興味津々のようだ。
「うん。郷さんが戻ってきてから、こんな感じの、ってデザインを考えていってね。で、そのデザインをベースに、プロトタイプを作ってもらって」
「……お前、まさか徹夜か」
「うん」
けろりとして、みさとは答える。尋道とほぼ同じぐらいの時間を、不眠で過ごしているはずだが、気振りすら感じさせないのはどうだ。
「どんなサイトになりましたか?」
「郷さんのパソコンなんだよね。あの中にあるけど、勝手に電源入れたら駄目だよね」
尋道がソファの上に置いていったリュックサックを指したみさとだが、その直後に、
「駄目に決まってるでしょう!」
孝子の咆哮を食らって、さっと首をすくめた。春菜も、それ以上は口を開けず、カラーズ公式サイトのプロトタイプのお披露目は、少しの間のお預けである。




