第一二〇話 カラーズ(七)
みさとの活躍、あるいは暗躍により、カラーズの完成予定図は、ほぼ仕上がった、と称していい状態になった。後は、静のセレクションの結果を待つのみだ。
「そろそろ、親の顔が怖くなってきたわ」
言い残して、みさとは自宅のある碧区碧北へと帰っていった。一気ににぎやかさの消えた海の見える丘で、孝子たちも一息である。
小休止となった期間、孝子は久しぶりの洋楽カラオケに出掛けている。郷本信之は所用で欠場し、郷本きょうだいと三人での開催だった。
「同窓会だって」
一葉による信之の所用の解説である。
「ぼちぼち、人が減りだしたみたいで。行くたびに、へこんで帰ってくるんだよ。行かなけりゃいいのに」
昨年の春で再任期間を終えた、という信之である。現代では早い部類には違いないが、人生のわらじを脱いだ同輩たちが現れても、それほどおかしくもない年齢だろう。
舞浜駅東のなじみでのカラオケは、いつもどおりに初っぱなは郷本一葉が飛ばし、その離脱後に孝子と郷本尋道が、ちょろっと。残り時間を雑談で、という流れで進んだ。雑談のタイミングで、孝子が持ちだしたのは起業の話である。話の種に、ぐらいの気持ちだったのだが、ここでカラーズ合同会社は、一つの転機を迎えることとなる。
「おおー。すごい。孝ちゃん、社長さんになるんだ」
興味を引かれたらしく、ソファに寝転んでいた一葉が起き上がってくる。
「妹がテストに合格したら、ですけど」
「受かるよ。静ちゃん、すごくうまいんでしょう?」
LBAのことやら。カラーズのことやら。一葉の矢継ぎ早の問いが続き、孝子は知る限りを返す。
「……かなり、規模を大きくされるんですね」
黙然としていた尋道が、二人のやりとりの途切れたところで、ぽつりと言った。
「大きい……?」
「そうですね……」
いくばくかの間をたたせてから、尋道ははっきりとうなずく。
「はい。ちょっと、手を広げ過ぎているように感じます」
公式サイトと、それを補完するSNS群と、というみさと案への異論だった。一挙手一投足が、自らのプロモーションとなる種類のプロフェッショナルではない。求道的に、北崎春菜に挑むのが神宮寺静だ。その姿勢は、明確にアマチュア的である。
さて。アマチュアに、自らを周囲に知らしめる活動は、果たして必要だろうか。鍛錬、鍛錬、鍛錬……。ひたすら、これに尽きるのではないか。
孝子は知らず身を乗り出していた。静に相談を受けた当初は、まさに同じようなことを言って、火を噴いていただけに、尋道の話は耳に快い。シンプルな公式サイトと、それを補完する周知のためのSNSだけでいいのでは、との言に、力強く孝子はうなずいている。活動家のみさとの前に、最近は傍観者となっていたが、ここはCEOとしての指導力を発揮するべきかもしれない。
この孝子の動きに驚いたのは斎藤みさとだ。運営体制を見直したい、との連絡を受けて、直ちに海の見える丘に姿を見せている。孝子が郷本きょうだいと洋楽カラオケに行った、その日の夕方である。
「全く、誰だよ。その、郷本って人は」
初代のちん入者は、二代目になりかけているちん入者に立腹中だ。
「このみさとさんのプランにけちを付けるとは」
言いながらみさとは、ダイニングテーブルの上に広げたぺらに、がりがりと書き込んでいる。列挙していたSNS群のほとんどに、赤いばつが付けられた。
「意外に、素直じゃないか」
隣に座っていた麻弥がのぞき込む。
「有名なアスリートのサイトとかを調べて、みんな、だいたいこんな感じでやってるんだ、って考えてみたんだけど……」
手にしていたペンを放り、みさとは大きく伸びをする。
「写真をぽんと載せて、一言、二言、みたいのばっかりだったわ、そういえば。内容が、それぞれで全く同じ、ってのも多かったし。まあ、これは、SNSごとでユーザー層が違うんだし、より多くに向けて、っていうのもあるんだろうけど。……確かに、静ちゃんには必要ないわな」
伸びのままで、しばらく静止していたみさとが、ふわりと姿勢を戻した。
「ねえ。郷本さん、だっけ。連絡して」
「え……?」
「正村でもいいけど」
当然のごとく、孝子のスマートフォンは自室待機なので、麻弥が尋道に電話することになる。
「おっす。正村です。今、大丈夫? ……孝子に聞いたと思うんだけど、あの、起業の話を引っ張ってる斎藤ってやつが、お前と話がしたいって。……うん。まあ、ごめん。ちょっと、おかしいやつなんで」
「誰がじゃ!」
「はい、はい。じゃあ、代わる」
スマートフォンを受け取ると、みさとは、そこから長話である。最初は、静粛に、とそろそろ動いていた孝子と麻弥も、そのうちぞんざいとなってきて、夕食の支度やら、部活に出ている春菜の迎えやら、がたごととやりだしている。
やがて、小一時間が過ぎたころ、ようやく通話を終えたみさとが麻弥にスマートフォンを返してきた。今、LDKには麻弥とみさとの二人だけだ。孝子は少し前に、春菜を迎えに出掛けていった。
「お前、本当に行くの?」
キッチンで、聞くとはなしに通話を聞いていた麻弥が言った。終わりごろになって、みさとは、すぐに会えるか、と尋道に申し出ていたのだ。
「うん」
「どこで?」
「取りあえず、小磯駅。じゃあ、行ってくる」
ぺらを持参のバッグに放り込むと、みさとは飛び出していく。麻弥が追ってLDKを出たのと、みさとが玄関から姿を消したのは、ほぼ同じタイミングだった。まさに、止める間もない、だ。




