第一一九話 カラーズ(六)
赤から白、また赤へ。目まぐるしく変化したのは、静の顔色だ。盟友の景と共に、静は今も舞浜大学の練習に参加し続けている。渡米の直前まで、各務の下で調整を続けるつもりなのだ。
この日、練習が終わり、帰りの車の待つ駐車場に向かうと、出てきた麻弥に、海の見える丘に、と言われた。義姉が呼んでいる、という。以前に相談したマネジメントの話だろう、と察したので、静は黙ってうなずいた。
海の見える丘に到着すると、義姉と共に静を迎えたのは、義姉に負けず劣らずの容貌と、めりはりの利いたスタイルの、はっと目を引く女性だった。斎藤みさとと名乗ったこの女性は、ひとまずシャワーでさっぱりとして、などと、にこにこと勧めてくる。落ち着かない、と大学のシャワールームを使わない静は、これには素直に従った。
シャワーを浴び、麻弥のものらしい、大きめの衣類に身を包んでLDKに戻ると、ダイニングテーブルには、何やら、ぺらが置かれている。
カラーズ合同会社……?
シャワーの後で鮮やかな紅色に変じていた静の顔が、一気に白色となった。固形化した表情のまま、みさとの説明を聞く静は、胸中で正村麻弥をののしっている。麻弥は春菜と共に、景を送り届けるため不在だ。
私に任せておけ、みたいな顔をしておいて、何をしているのか。起業とか、義姉が気炎を上げていたときより、さらに話が悪化してはいないか。そもそも、この斎藤みさとという女性は、どこで紛れ込んできた人なのか……。
静の顔色がにわかに転じたのは、説明を終えたみさとが、以上を提示した上で、ご両親に契約の許可をいただく、と言ったときだった。
「ちゃんと、うちの両親に相談してくれるんですか? 黙って、やったりしませんか……?」
「そりゃ、当然。いや、だって、静ちゃんは未成年じゃん。親権者の許可がないと」
この子は静ちゃんの親権者じゃないしね、とみさとは、静の隣に座る孝子に視線を送っている。
一瞬の後、豪快に静は机に突っ伏した。
「何よ、もう……。びっくりさせて……。そもそも、お姉ちゃんだけじゃ、何もできなかったんじゃない。だましたね」
「人聞きの悪い。だましてなんかいないよ。私も、麻弥ちゃんも、おはるも、誰も気付いていなかっただけ」
「気付いたのは私です。頼れるのは私です」
渋い表情になりかかる姉妹に、明るい声でみさとが割って入る。
「……ああ、でも、安心した。お姉ちゃんに無理させないで済む」
「無理なんてしてない」
「しそうになってたじゃない。放っておいたら、お金、どれだけ使うかわからなくて、怖かったよ」
ここで、みさとが両親の名刺を取り出し、静の前に並べて置いた。
「私の両親です。今回の件は、この二人に指導、監督を依頼して、無理のないように進めているよ。安心してね」
税理士の斎藤英明氏と司法書士の斎藤かなえ氏は、いきなりの起業には賛成ではなかったはずだが……。そんなことはおくびにも出さない斎藤みさと氏である。静も知る由もない。
カラーズ合同会社についての話題は、ひとまずここで切れ、麻弥たちの帰りを待つ間、雑談となった。静は真新しいスマートフォンをスポーツバッグから取り出して、二人に示した。
「やっと買ってもらえた。お姉ちゃん、斎藤さん、電話番号を交換して」
「ようやくだね。いいよ。スマホ、持ってくる」
孝子が席を立った。
「やっと、って、今まで持ってなかったの?」
「はい。うちのお母さんの方針で、高校卒業までは。でも、アメリカに行くし、少し早めで。あの、私、登録の仕方が、まだよくわかってなくて、やってもらってもいいですか?」
「ほい。きた」
みさとがてきぱきと電話番号の交換を終えたところに孝子が戻ってきた。
「静ちゃん。私もやってあげる」
「うん。お願い」
孝子はスマートフォンを両手に持ち、交互にちらちらとやっている。こちらはやたらに遅い。
「お姉ちゃん。大丈夫? お姉ちゃんも、いまだになじんでない感じだよね」
「……まあ、ね」
「確かに危なっかしいのう。そっか。あんたには一発でつながらないことが多いのは、それか」
「……そうそう」
麻弥であれば、お前はなじもうとしていない、とあしらうところだが、もちろん、みさとはそんな孝子の生態を知らない。みさとが孝子の無精に気付くのは、ずっとずっと先の話である。怪しい手つきで、孝子はスマートフォンの操作を続けている。




