第一一七話 カラーズ(四)
孝子が、自らと神宮寺家との関係をみさとに明かしたことは、完全な好手となったようだ。「いいやつなんだけど、少し、ばか」と麻弥に評された女は、いいやつの部分を燃料に、その能力をフル稼働させて、次々に方策をまとめ上げる。
孝子の事情を承知したみさとが、真っ先に明らかにしたのは、このままの体制で続けることは不可能、という事実だった。どうしてもあるタイミングで、神宮寺家に会社の存在が、ばれる、という。
「あんたが成人でも、静ちゃんは成人じゃないっしょ。相手があんたでも、契約には親権者の許可が必要になるよ」
孝子、麻弥、春菜がそろって、まさしく、精神上の大転倒を喫していた。孝子自身が映画『昨日達』の主題歌を巡る一件で経験していたことであるし、麻弥と春菜は間近で顛末を見届けていたはずなのに、この始末だ。みさとの加入時、理念寄りに過ぎた自分たちを意識した、つもり、だったのだが……。
「もしかして、私たちって、こういうことに向いてないんじゃないですか?」
ほうけた表情の春菜に、孝子も麻弥も、言い返すことはできない。
「チェックも組織の強みじゃない。気にするな、気にするな」
そう笑い飛ばしたみさとの躍進は続く。COLOURS LLC――カラーズ合同会社を会社の名にしたい、という発表だ。
「いろいろな個性を持った人の集まり、みたいな? いつか起業することがあったら、使ってみたいと思ってた名前なんだ」
「使わせてもらっていいの……?」
「大丈夫。名前だけ決めて、何をやるかとかは、一切、考えてなかったんだ」
商号の発表と同時に示された、さらに更新された会社の完成予定図には、CEOに孝子の名が記されていた。
「合同会社では会社のトップを代表社員っていうんだけど、なんか迫力ないじゃない? これでいこうよ!」
「それはいいんだけど……。斎藤さんたちは?」
「社会保険の負担があるんで、私たちはおいそれとは加われないんだ。役員報酬とかをなしにして、加入要件をパスすることもできるけど、小さなことで税務署やらに目を付けられても嫌だしね」
うちの父親も、やらないほうがいい、と言っている、とみさとは渋面を作ってみせる。
「だから、書類上は、当面は一人でやってもらう。もちろん、協力は全力でするよ」
軌道に乗ったらだね、と渋い顔のままみさとは言い、そして、軌道に乗せるのも、やりがいのあるミッションだし、と一転しての晴れやかな笑顔だ。
「ところで、生々しい話になるんだけど」
「うん」
「お金は、どれくらいを考えてるの? 資本金」
「どれくらい出すのが普通?」
「ごくごく小規模な起業の場合は、一〇〇と三〇〇の間、ぐらいかな。一応、一円でも大丈夫だけど。資本金が一円のところと、私は手を組もうとは思わない。額は信用だし」
「じゃあ、一〇〇〇なら十分?」
「……え?」
亡母の残した資産は神宮寺美幸によって適切に管理されてきた。当初より数字が三割ほど増している理由は、手堅い運用と、養母が養女の養育に一円たりとも用いなかったためである。その金を投じることに、孝子に全く迷いはない。
話を聞いて、みさとがまた決壊している。むせびながら、右の手のひらを広げて、三、と示している。
「三〇〇でいい。一〇〇〇になると消費税とか住民税が痛い。今は、三〇〇でいいよ」
資本金が一定以上となると課税事業者となり、また、法人住民税の負担も増すのだ。論拠をぽつぽつと語りながら、やがて、涙を収めたみさとが、突然、すっくと立ち上がった。
「最初は、少し減らしちゃうけど、すぐに取り戻す。取り戻したら、後はどんどん増やして、みんなでカラーズに入社だ!」
「ぜひ、お願いします」
みさとと春菜が手のひらを打ち鳴らし合うのに、遅れて孝子と麻弥も加わる。カラーズ合同会社の設立目標は、孝子が成人となる二月八日を目標とすることに決まった。その日までに万全の準備を整え、静のセレクションの結果を待つ。合格が決まり次第、迅速にカラーズ合同会社を設立し、契約の許可を静の親権者に願い出る、という流れだ。
考査期間も目前だというのに、斎藤みさとの考究の日々は続くのである。




