表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知標  作者: 一族
116/745

第一一五話 カラーズ(二)

 冬季休暇の最後の一日となったこの日、孝子、麻弥、春菜、そして、みさとは喫茶「まひかぜ」を訪ねている。剣崎龍雅とのミーティングのためだ。きっかけは、もちろん、麻弥である。静のマネジメント、この「マネジメント」という部分で、アドバイスをもらってはどうか、と提案してきたのだ。

「静さんをだしにしなくても、正村さんならデートに誘ったって断られませんよ」

 春菜に言われて、ゆでだこのようになっている麻弥を視界の端に置きながら、孝子は、意外に悪くない提案、と考えている。音楽のプロフェッショナルとして、マネジメントを受けているであろう剣崎の話には、参考にできる部分があるはずだ。静のマネジメント組織は、誠につれないものになる予定だが、システムについての知識は、あっていい、という判断だった。

 ゴーサインを出すと、喜々としてゆでだこが動いて、そして、今日である。昼前に到着すると、剣崎が「まひかぜ」の前で待ち構えていた。

「やあ。久しぶり」

「ご無沙汰してます」

 実際は『指極星』にまつわる一連のやりとりで、それほどご無沙汰というわけでもない。社交辞令というものだ。

「あなたが、斎藤さん?」

「はい。斎藤みさとといいます」

 初対面同士のあいさつが済むと、一行は「まひかぜ」の中に入った。

 岩城が各人にコーヒーを供する横では、みさとが持参のトートバッグからファイルを出して、剣崎、岩城、孝子、麻弥、春菜の前にぺらを置いて回っている。ぺらは、二回のプレゼンを経て、最新版へと更新された会社の完成予定図である。ついにみさとは会社の名称を、全面に押し出し始めたのだ。

「これは、僕が見ても大丈夫なもの?」

 岩城がカウンターに置かれたぺらを指して言う。

「はい。どうぞ」

 にこやかにみさとは答えた。狭い店のカウンターでやろうという会合だ。初老の店主は、聞かれても差し支えない人物、と判断したのだろう。

 ぺらについてのみさとの補足を聞き終わり、しきりにうなずいていた剣崎が、やがて口を開いた。

「マネジメントについては、うちにも専門の部署があるんで、担当者とセッティングする、ということにさせて。いいかげんなことは言いたくないしね」

 早速、みさとがセッティングの依頼を出すと、既に話は通してあるので、いつでも、と剣崎は応じた。すると、みさとは、またもやの早速で、取り次ぎを依頼する。

 みさとと剣崎に紹介された先方との通話が始まった。手持ち無沙汰となった一同の中で動いたのは剣崎だ。孝子の隣に座る。

「ケイティー」

「はい」

「ケイティーたちの会社に、岡宮鏡子を所属させる、というのは、どうだろう?」

「え……?」

 口走ると同時に、孝子は隣に座る麻弥に鋭い視線を浴びせる。今回、剣崎の名を出してきたのは、そういうことか、という「殺人光線」だ。

「……ああ。正村さんには何も頼んでないよ。前に言われたじゃない。用があるなら、直接、言ってこい、って」

 麻弥も、振り子のようにうなずいている。

「正村さんに話を聞いて、俺の考えたこと」

 岡宮鏡子の名で発表した『逆上がりのできた日』の存在が、いくばくかの収入を会社にもたらす、という指摘だった。

「要するに、印税だね」

「……できますか?」

「できる」

 岡宮鏡子と『逆上がりのできた日』に関しては、完全なフリー、と剣崎は明言した。

「相良先生に、徹底的に持っていかれてるんだ。さすが、ママさんの顧問弁護士だ」

 剣崎は笑い、すぐに表情を改めた。

「詳しくはママさんと相良先生に伺ってみて」

「はい」

 言ったものの、今回の件を美幸に相談するつもりはないので、機会としては会社の存在が確たるものとなった以降、と考える孝子だった。

 そして、電話を終えたみさとだ。

「私、今から東京に行ってくるよ。あんたたち、どうする?」

「は?」

「剣崎さんの担当マネージャーの土方(ひじかた)さんって方とアポ取った」

「呼び付ければよかったのに」

「さすがに。ご教示を賜る立場なので、それは。で、どうする? 話聞くだけだし、私だけでも大丈夫だけど」

「じゃあ、お願いしようかな。私は、もう少し剣崎さんに伺いたいことがある」

「ほい。それと、ケイティーとか岡宮鏡子とか、って誰?」

 今回のミーティングで、みさとには剣崎を、知り合いの紹介で、古い電子オルガンを修理してもらった縁、とだけ話している。それ以外は、関係ないこと、と語っていなかったのだ。

「ケイティーは、私のニックネーム。岡宮鏡子は、歌手、なのかな。会社の所属にしたら、印税とかが入るよ、って話を」

 仕方なかった。取り繕うのは不自然だ。

「知り合い?」

 ここで、孝子はじっとみさとを見る。

「……何よ」

 さらに、じっと見る。

「……あんたか!?」

 言うなり、みさとはスマートフォンを取り出して操作を始めた。

「映画『昨日達』の、主題歌?」

「そう」

 やがて、みさとはイヤホンを装着すると、そのまま数分だ。

「うわぁ、本当だ。意識して聴いたら、確かにこの子の声だわ」

 どうやらみさとは『逆上がりのできた日』をダウンロードして聴いていたらしい。

「お買い上げありがとう。それとも、ただの?」

「買った、買った。へええぇぇ。そっか、もしかしたらあんたも、大きなことを起こすかもしれないんだ」

「私は違う。もう二度とやらない」

「そうなの? まあ、それは、先々になってみないとわからないか。しかし、どうするかな」

 険しい目つきで、みさとは口をとがらせる。

「こっちの話も興味あるんだけど」

「大した話じゃないよ」

「じゃあ、私が戻るまでしないで」

「は……?」

 結局、にらみ合いを見かねた剣崎が、土方を舞浜に呼び出すことで落着となったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ