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未知標  作者: 一族
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第一一四話 カラーズ(一)

 一月四日の夜で、静を支える組織の完成予定図は、一気に整えられていた。主役は斎藤みさとである。舞浜大学女子バスケットボール部監督、各務智恵子の招きに応じ、同部の貸し切りバスに同乗して訪れた大学内の合宿所で、みさとは腹案を大いに語ったのだ。

 孝子、麻弥、みさとは合宿所一階の監督室に通されて、まずは各務が手ずから淹れた茶で一服した。

「よし。話を聞こうか」

「はい」

 昨年末のプレゼンのおさらいから、みさとは話を始めた。マネジメント事業とは別口で事業を創成し、多角的に静を支援する、という案は各務を大いに感心させたようだ。

「いいな。みさと、いいバランスだ」

「はい。自分でも、そう思います」

「問題は、何を始めるか、だな」

「そこなんです。正直、まだ、何も思い付かなくて。各務先生、いいアイデアはありませんか?」

「おい……」

 みさとの肩を、どん、と突いたのは麻弥だ。

「でも、静ちゃんのプロデビューは待ってくれないんだ。取りあえずは見切り発車さ」

「お前は、考え深いのか、そうじゃないのか、さっぱりだな」

 さすがの各務も、薄ら笑いを浮かべている。

「しかし、こういうのが一人はいたほうがいい。動かんことには始まらん。ただし、手綱を放すな」

「はい」

 続いて、これは孝子たちも初耳となるプレゼン第二弾だ。組織の形態は合同会社を考えている、とみさとは言った。軽便さを取るなら個人事業主だろうし、形式を取るなら株式会社だろうが、今回は折衷案で、だそうだ。

「サブの業務ね。あれを考えると、法人格が欲しい。というのは、サブは、プロバスケットボールプレーヤーの神宮寺静とは関わりのない方向にすべき、って考えてるんだ」

 静のプロとしてのキャリアがうまくいかなかった場合の保険、という意味合いも持つサブの業務は、バスケットボールと関わりのない、すなわち、静の名は使わない方向で、というみさとの主張だった。

「サブの業務を動かす人間、つまり、私たちってのは、現状、実績も展望もない女の子が三人でしかない。当然、信用は全くない。だから、個人じゃなくて法人の名前に頼ろう、ってこと」

 本音を言えば、株式会社なのだ。合同会社という制度は比較的新しく、その知名度は依然として低い。株式会社と比べたとき、その名の持つ格は圧倒的に劣る。格に依存する、あらゆる局面で、合同会社の不利を実感することが、この先、あるかもしれない。その一方で、株式会社の設立、維持に必要な手間暇は、合同会社のそれと比して、まさに倍する。いや、倍以上する。ない袖は振れぬ、とは、この際には至言だろう。よって、いつかは株式会社、今は合同会社と、努力目標にとどめておくべき、と考える。

 ここまではプロも同意見、とみさとはテーブルの上に名刺を二枚並べた。

「税理士 斎藤英明」と「司法書士 斎藤かなえ」とある。

「お父さまとお母さま……?」

「そう。今回の件では、この二人が全面的にバックアップしてくれる。疑問があったら、なんでも聞いて」

 ここで、みさとがにやりとする。

「ちなみに二人には、今は個人事業として始めて、サブの事業のめどがきちんと立った時点で法人化がいい、って言われたんだけど。そこは、ぶっちぎった。いや、起業をやってみたくて」

「おい……! 人の金で遊ぶなよ!」

「出すよ」

「相談料無料とか言うんだろ」

「言うか、ばかたれ。この二人はプロなんだよ。きっちり払ってもらうわ。起業に掛かるお金は私が出す、って話」

「麻弥、いい。みさと。続けろ」

「はい。その、起業に関してなんですが、大学のベンチャー支援に応募しようと思っています。オフィススペースの貸し出しとか、経営相談とか、いろいろと便宜を図ってもらえるんで、ぜひ、利用したいんです、が」

「問題があるのか?」

「はい。実績も展望もない私たちは、まず間違いなく、審査で落とされます」

「そうだろうな」

「そこで、各務先生のお力をお借りしたいんです」

「おう。昼間の話だな」

「はい。女子バスケットボール部と提携させてください。その上で、各務先生の推薦をいただきたいんです。静ちゃんのアメリカでの経験を、こちらに伝えることは、女子バスケ部の強化につながりませんか? それと、何かいいことを思い付いたら、お役に立ちます」

「いいぜ」

「各務先生。まだ、静がセレクションを通過するかどうかもわからないのに……。それに、何かいいこと、とか、こいつ、絶対、何も思い付きませんよ」

 麻弥が、か細い声で割って入る。全く、言うほうも言うほうだが、受けるほうも受けるほうである。

「受かるよ。ただ、さすがに見切り発車はやめておけ。余計なプレッシャーになる」

「それは、はい」

「いいことのほうは、麻弥、安心しろ。期待しとらん」

 ここで監督室の扉がノックされた。

「入れ」

 ジャージー姿の春菜が入室してきた。

「どうなってますか」

「飯と風呂はどうした」

「もう済みました。先生、全員、そろいましたよ」

「おう。じゃあ、ミーティングがある。行くわ」

 言いながら、各務はスーツの懐から黒いマネークリップを取り出している。

「タクシーを使え。余ったら、なんか食え。じゃあな、おやすみ」

「はい。ありがとうございます。失礼します」

 差し出された一万円札は、孝子がさっぱりと受け取った。

「先生とは、どんなお話をしたんですか?」

 各務が部屋を出ても、春菜はとどまっている。

「おはる。ミーティングは?」

「いいです」

「いいです、じゃないわ。ばかたれが」

 戻ってきた各務が春菜の尻を、ばしん、だ。

「行くぞ。後で話してやる」

「お姉さんたちに直接、聞きたいです」

「お前ら、さっさと帰れ」

 渋面で手を払う各務に、笑いをこらえながら三人は監督室を後にしたのだった。

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