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未知標  作者: 一族
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第一一三話 指極星(二九)

 以後の全日本選手権は見るに及ばず、と舞浜大女子バスケ部の貸し切りバス内で、春菜は孝子たちに告げていた。その言のとおり、無事に静の壮行試合を遂行し、個人的ハイライトを終えた春菜は、次戦、あからさまに集中を欠いた。各務もそんな「至上の天才」を重用はせず、舞浜大女子バスケ部は、日本リーグの強豪、ナジコハミングバードに敗れた。大学チームのベストフォー進出は、結果だけを見れば、大躍進といってよかっただろう。あくまで結果だけを見れば。

 この結末に甚大な衝撃を受けた者が二人いた。一人は、ウェヌススプリームスのポイントガード、市井美鈴だ。

 先日の惑乱を受け、静養が必要と診断された美鈴は、選手寮の広山の部屋に引き取られていた。広山が監督の名乗りを上げたのだ。

 舞浜大の試合を見たい、という後輩の言葉に、広山は渋い顔だった。果たして、今の美鈴に舞浜大の、北崎春菜の試合を見せていいものか。攻防の末に、広山は折れた。面倒見のいい彼女だけに、しきりにせがまれると弱かった。

 鶴ヶ丘戦での美鈴は、春菜のプレーぶりに落ち着いた表情だった。やっぱり、うまい、と達観したように、ぽつり、つぶやいたりもした。

 しかし、翌々日のナジコ戦が、最悪だった。春菜は第一クオーターで早々に下がり、その後、出場しようとしない。ウェヌスを粉砕し、そのまま勝ち進んでいくものと思っていたら、その敗退行為は、なんだ。美鈴は逆上した。泣きじゃくり、とりのぼせた彼女は、再びチームドクターのお世話となり、広山は監督不行き届きでけん責を受ける羽目に陥ったのである。

 そして、もう一人は高鷲重工アストロノーツのセンター、武藤瞳だ。

 瞳は春菜と同い年で、ミニバスケットボールのころからしのぎを削るライバル、と周囲には目されている。ただ、こちらは静の五戦五敗どころではなく、二桁対戦二桁敗戦で、未勝利というありさまであった。

 福岡の強豪校から高鷲重工に進んだ瞳は、ルーキーながらチームの主軸に上り詰めていた。得意になっていたところに飛び込んできたのが、春菜率いる舞浜大によるウェヌス撃破の報だ。宿命のライバルチームの失態は、確かに衝撃には違いない、が。それよりも春菜である。実業団に進まなかったことで、あの名手もフェードアウトしていくのか、などと想像していたら、どでかいことをやってのけた。順当ならば舞浜大とは決勝で対戦する。瞳はひそかに腕を撫していたのだ。

 ところが、である。続報には、ある意味で、ウェヌスの敗退よりも驚愕させられた。瞳は耳を疑っていた。舞浜大がナジコに敗れたのだ。しかも、春菜はやる気なく、試合にほとんど出場していない。二つ勝てば日本一、そして、自分との対戦があるというのに。

「お前たちには興味ない」

 美鈴、瞳が受け取ったのは、この春菜の意志だった。

 同じポイントガードとして、自分の何が神宮寺静に劣っているのか。何一つ、劣るものはない。美鈴には強固な自負がある。にもかかわらず、春菜は、ぞんざいに美鈴を押しのけていった。邪魔である、と。そこをどけ、と。

 センターの瞳は、ポジションの違う静に対する意識は、ほとんどなかった。高校時代の対戦はなく、研究したこともない。いい選手らしい、という評価があるだけである。一方で、春菜が拘泥するほどの選手とまでは静を評価していない。だのに、春菜は静との対戦を終えると、瞳などまるで眼中にない様子で去っていった。なぜだ。どうしてだ。

 ひたすら深く、重く、春菜に思いをはせている市井美鈴と武藤瞳が、それは、向上心の有無、と知ったらば、どんな表情をしただろうか。

 全日本女子バスケットボールチームの一員にまで上り詰めた二人が、向上心を持たないはずもないのだが、そういう話ではなかった。春菜の述べる向上心は「至上の天才」に挑む意志を見せることだった。静は、それをした。美鈴は年上の姉貴分として、今の今まで春菜に対抗意識を持っていなかった。当然、それに類する言葉をぶつけたこともない。春菜は、それを、向上心なし、と断ずる。また、瞳には、静以上に負け続けている手前、春菜への明確な対抗意識があった。ただ、春菜にその思いを告げたことはない。口数の少ない、内に秘める瞳なのだが、こちらも駄目だ。明らかにしない限りは、そこに意志はない、というものの見方をするのが春菜である。

 故に、市井美鈴の姿も、武藤瞳の姿も、北崎春菜の視界に映ってはいなかったのである。

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