第一一一話 指極星(二七)
年末年始の帰省で鶴ヶ丘にいた孝子と麻弥が、海の見える丘に戻ったのは、四日の昼であった。海の見える丘への道すがら、と表現するには、かなりの遠回りをして二人は斎藤みさとを拾っている。みさとの自宅は舞浜市の北西に位置する碧区碧北にある。
「お前、毎日、よく通ってるな」
舞浜大学のある南区千鶴は舞浜市の、ほぼ南東端、対する碧区碧北は、ほぼ北西端であることへの、麻弥の感想だ。通学時間は二時間近くになるという。
「私もあんたたちみたいに都会に住みたかったんだよ。でも、お許しが出なかった。卒業したら、絶対に、家出してやる」
海の見える丘で一服した後、三人は電車を乗り継いで東京都三谷区に向かった。国立体育館メインアリーナへの到着は午後一時四五分だ。試合開始は午後二時なので、ややのんびりだが、みさとの手配したSS席チケットは試合ごとの入れ替え制なので、あえての選択だった。
館内は超満員である。一万人近く収容可能というが、まさに立すいの余地もない、といったありさまだ。とにもかくにも、注目の一戦といえる。鶴ヶ丘高校と舞浜大学の組み合わせは、共に下克上を成し遂げたチーム同士の対戦であり、率いる指導者たちの師弟関係と、そして、なにより、両エースの神宮寺静と北崎春菜のライバル関係は、女子バスケに興味のある者で知らぬ者はいない。
「バスケの試合って初めてだけど、すごいね。さすが、注目カード」
「よく取れたよな、お前……」
みさとの手配したチケットは、舞浜大のベンチ裏席だった。席に腰を下ろしたところで、麻弥があきれたように言う。
「私が買ったときは、カードが決まってなかったしね。多分、昨日の結果を受けて、一気に動いたんじゃないかな」
コート上では、両チームがウオーミングアップの最中だ。鶴ヶ丘の練習に押し掛け、所属チームには目もくれない春菜の姿が異様に目立っている。
「……おい」
孝子の肩を麻弥がつついた。
「各務先生が、こっち見てる」
言われて、孝子が見ると、舞浜大ベンチの各務が観客席側に体を向けて、右手の人さし指をちょいちょいと動かしている。来い、ということらしい。孝子が立つと、各務の指のサインが、人さし指、中指、薬指を立てたものとなった。
「みんなで、ってことじゃないかな」
「そうか……?」
ひとまず、三人がそろってベンチ裏席の前に移動する。
「言えば用意してやったのに」
席を、という話らしい。
「お前の知り合いってのは、こういうのしかいないのか」
こういうの、とは、どういうの、なのか。みさとを指しているらしいが……。孝子が窮しているいると、みさとがずいと前に出る。
「それはもう。類は友を呼ぶですので」
「いいきっぷだな。春菜の言ってた商学部は、お前だな」
「はい。商学部の斎藤みさとです」
静のマネジメントに加わってきた新顔の存在は、春菜経由で各務に届いていたようだ。
「あれは、私にとってもかわいい孫弟子だ。頼れよ」
「はい。各務先生には、ご相談申し上げたいこともありますし。こちらこそ、よろしくお願いします」
「おう。連絡先、教えてくれるか」
各務が懐から取り出したのは、例の、折り畳み式のフィーチャーフォンだ。
「春菜!」
各務は鶴ヶ丘のサイドに居座っている春菜を呼びつけた。心得たもので、春菜はみさとのスマートフォンを預かると、てきぱきと登録している。
「斎藤さん。各務先生はメールの送り方をご存じでないので、電話だけしか登録してません」
「……はい?」
「聞き返さんでよろしい」
試合開始三分前を告げるブザーが鳴った。三人が去ろうとすると、あ、待て、だ。
「お前ら、終わったら繰り出すのか?」
「いえ。帰ります」
「じゃあ、バスに乗せてやる。待ってろ」
「はーい。お待ちしてます」
孝子が答える間もなく、みさとが笑顔で返している。
「……さっき、各務先生のおっしゃってたことだけど」
席に戻ったところで、孝子が口を開く。
「うん」
「結局、こういうの、って、どういうの、だったの?」
「美女」
即答である。当然、といった表情である。
「……麻弥ちゃん、私、こういうの、じゃないんだけど」
「私も違うよ」
「なんだよ。友達だろ」
「触らないで。肩を組まないで」
邪険にしつつ、やがて、くすくすと笑いだしている孝子だった。




