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未知標  作者: 一族
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第一〇九話 指極星(二五)

 東京都三谷区の国立体育館を発した鶴ヶ丘高校女子バスケ部の面々は、貸し切りバスに乗り込み、神奈川県舞浜市鶴ヶ丘の母校へと帰還した。距離と費用の両面を考慮に入れ、冬の選手権など近場での連戦時には、直接、現地へ乗り込むのが鶴ヶ丘の方式となっている。その際に宿舎として使用するのが、一〇年ほど前に、校庭の隅に建てられたセミナーハウスだ。夏、冬といったまとまった休みには、各部が合宿などで使用するのだが、今年は冬の選手権と全日本選手権に連続で出場する女子バスケ部の専用状態となっていた。

 午後九時過ぎに貸し切りバスが校庭に入ると、後援の保護者たちが拍手喝采で出迎えた。帰省中の孝子の姿もある。年末年始のこと、校内の施設に職員が不在で、女子バスケ部を支えているのは、この人たちの存在なのだ。

「長沢先輩、おめでとうございます! みんなも、お疲れ! おめでとう! 日本リーグのチームによく勝ったなあ! 金星、金星だよ!」

 すっと進み出てきたのは、舞浜大女子バスケ部の野中主務だった。フレームの立派な眼鏡が特徴の、小柄な女性である。

「お、野中。先に着いてたか。どこかで追い抜いた?」

「はい。ここに着く直前で」

「そう。気付かなかったわ」

 野中主務は提げていたバッグを長沢に手渡した。

「昨日の分と今日の分、二試合、収めてあります」

「うん」

「ビデオは明日にでも返してください」

「わかった」

「じゃあ、私はこれで」

「お疲れ。ありがとね。気を付けて帰ってよ」

「お疲れさまでしたー」

 車で来たという野中主務が駐車場に駆け去っていく背を、長沢と部員たちの声が追った。

 セミナーハウスに入った部員たちは、まず入浴で、その日の汗を流す。次に、保護者たちのこしらえた夕食を取る。その後、映写室に場を移して対戦相手の研究に入る、という流れで動いた。

 まず観戦したのは、舞浜大の一戦目、昨日の試合だ。近畿ブロック代表の大学チームを相手に、隙なく、淡々としたプレーで勝利している。

 いよいよ、問題の、今日の試合だ。開始早々、試合は動く。攻守でウェヌスの選手たちは吸い寄せられるように春菜の張った罠に引っ掛かっていった。ウェヌスのスターティングメンバーは、全員が全日本のメンバーである。その名手たちが、完全に弄ばれる、信じ難い光景が、そこにはあった。

 開始五分でウェヌスのスターティングメンバー全員をファウルトラブルに追い込み、ベンチに座らせることに成功して以降も、春菜は手を緩めない。出てきた選手の全員が春菜の手に掛かっていく。虐殺の過程で、全日本のスターティングガードである市井美鈴、全日本のスターティングセンターである広山真穂(まほ)、この名手たちがゲームから完全に放逐されるおまけも付いた。延長戦に入ったわけでもないのに、終了まで二時間を要した試合は、七四対三二で舞浜大学の勝利だ。

「やりますなあ」

 苦笑しかない、といった長沢の口調だった。ビデオカメラを片付ける間中、ずっとにやにやしっ放しだ。

「まあ、見世物としては、なかなか、面白かった。そろそろ、寝るか」

 入浴、食事、観戦とこなして、既に時刻は午前〇時を大きく回っていた。

「先生。須之内先輩は、うちのほうが圧倒的にウェヌスより弱いんだし、北崎さんが仕掛けてくる必然性がない、っておっしゃってて。私も、そう思いますけど、もしも、北崎さんがウェヌス戦みたいなことやってきたら、どうします?」

 発言者のまどかを、じろりと長沢が見た。

「大丈夫。須之の言うとおりだし、もう一つの理由もある。絶対に、北崎は同じことはしてこない、って言い切れるよ」

「もう一つの理由、ですか?」

「北崎は静の壮行試合がやりたくてむちゃくちゃをやったんだよ。その念願がかなう以上、あんなこすっからいことをする理由は、あいつには、もうなくなったでしょ。正々堂々、力勝負を挑んでくるよ。間違いなく。その分、点差は悲惨なことになるかもしれないけどな」

 長沢の視線が静に向いた。

「四七点以上は取りたいし、一三八点以上は取られたくないな」

 懐かしい数字が出てきた。静と春菜の初対決で、鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部が那古野女学院高等学校女子バスケットボール部を相手に取った点数と取られた点数だ。あの試合を実際に戦った者は、この場に、静と長沢の二人だけである。景はまだ観客席で応援する員数外だった。当時の副顧問は転勤で鶴ヶ丘高校を去っている。

 あの日から二年半がたった。かなわないまでも、今の時点での全力を、春菜に見せつけるのだ。それが非常の手段を採った「至上の天才」へ報いる道であろう。

「ダブルスコアまでに収めましょう」

 静は長沢に向かって大きくうなずいてみせた。

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