第一〇話 フェスティバル・プレリュード(一〇)
結成一〇年目のコンビは迅速だった。飛行機のチケット、現地での足となるレンタカー、それぞれの予約をてきぱきと完了させ、翌日の午前九時すぎには、福岡県の県庁所在地羽形市のベッドタウン春谷市春谷町に安着していた。
「栄えてる?」
窓の外の目をやっていた麻弥は問うた。片側二車線の車道の左右には大規模店舗が立ち並び、開店を前に種々の作業に没頭する店員たちの姿が、そこここにあった。
「羽形の隣だし、田舎だけど、人は多いよ」
答えながら、孝子は車を右折させる。減速と加速、それに伴うギアチェンジもスムーズだ。二人が乗っているレンタカーは、孝子がわざわざ指定したマニュアルのワゴンである。故郷の道を免許取得後の初陣の場に選んだのだった。
「お前、運転、うまいな」
「それほどでもある」
「いきなり運転席に乗った時は、街中ぐらい、私が、って思ったけど。余裕だったな」
「この一年、隣で麻弥ちゃんの運転を観察して、イメージトレーニングを積んでいたもの」
「本当に……?」
「本当だよ。手のひらでレバーを転がすみたいに操作するの、いいなあ、って思って、教習所でやったら、しっかり握れ、って教官に怒られた」
「まあ、最初は基本どおりにやって、徐々に自分のやりやすい形にしていったら、いいんじゃないかな」
「全く、同じことを言われたよ。あ。今のが、うちの菩提寺」
麻弥ははっと振り返った。「法光寺」と看板には書かれていたようだ。
「ほうこうじ?」
「そう」
「通り過ぎてよかったのか……?」
「まずは、わが家で一休みしよう」
車はさらに先へと進む。信号の少なさ故に、車窓の外の景色は軽快に後ろへと流れていく。
「一気に田舎になったな」
いつしか一面に広がっていた田園風景に麻弥はつぶやいた。
「うん。川が近くて、水稲が盛んなの。でも、私が住んでいたころは、お寺さんの周りも全部田んぼだったよ。減った。もうすぐ着くよ。次の三差路を右に入ったら、すぐに見える二軒並んだ平屋が、そう。手前がうちで、奥がたむりんの家」
孝子は言葉どおりに車を操り、岡宮家ならびに田村家の敷地へ乗り入れた。
「大きいじゃん」
降り立った麻弥は、平屋の大きさと敷地の大きさに対する感想を述べた。車との比較で、縦長の敷地は、横が一〇メートル前後、縦が二五メートル前後、といったあたり、と予想する。
「麻弥ちゃん。こっち」
孝子が示したのは、平屋の裏手に広がる田起こし前の田んぼだ。
「私、地主」
「え? お前? どこまで?」
「長方形に農道で区切られてるでしょう。だいたい一ヘクタールだったかな」
「わからない」
「高校のグラウンドより少し狭いぐらいじゃない?」
「ああ。言われてみれば、それぐらいか」
二人にもなじみの深い母校のグラウンドを例に出され、麻弥も納得する。
「農業、やってたんだ?」
「先々代までね。私も、お母さんも、やったことないよ」
「今は、田んぼは?」
「たむりんのうちに預かってもらってる。たむりんのうちは、ずっと農家さん」
「ああ。なるほど。……孝子」
「なあに?」
「緊張してきた」
新旧の親友対決に、だ。孝子が、二代目の親友を引き連れて向かう、と告げたところ、初代の親友は、勝負だ、と高らかに宣言したとか。
「大丈夫。麻弥ちゃんが勝ってる」
「何が……?」
「顔。あれも、悪くない顔だけど、顎が、刺さりそうなぐらいとがってて」
「……なんだ、それ」
「見ればわかる。あとは、やせっぽちだね。二年ぶりで、丸くなってたら、驚くけど。まあ、ひとまず、中に入って休憩しよう。隣に行くのは、それからでいいよ」
ラゲッジの荷物を取り出した二人は、岡宮家の玄関の前に立った。
と、
「よく来たー!」
引き戸が、がらりと開いた。自動ドアでは、もちろんない。飛び出してきたのは、赤いスエットをまとった、確かに鋭い顎の目につく、痩身の若い女だった。驚愕した麻弥は、誇張ではなく、三メートルも後ずさっていた。
「ばかが出た」
孝子は失笑している。
「誰が、ばかだ」
「驚かすな。麻弥ちゃん、大丈夫?」
「う、うん」
「あ。すみません。驚かしちゃって。でも、すごいかっこいいのに、見掛け倒しな、っ」
孝子の回し蹴りが女の尻に炸裂した。つんのめった女を麻弥は支えた。
「何をするか、この乱暴者!」
「相変わらず口が減らないな。相手を選べ、この大ばか」
にらみ合いが始まった。
「……これが、お前の正体か。まあ、おばさんたちには見せられないな」
自失の時間が過ぎ、麻弥は、ようやく、か細い声を上げた。
「でしょう。お察しとは思うけど、一応、紹介しておくね」
孝子は顎の鋭い女の体を抱え込んだ。
「田村倫世。たむりん、この子は舞浜の正村麻弥。お前でも、無礼は許さない」
「いや。しないけど、だったら、あちらにも、私に無礼は許さない、って言わないと。平等じゃない」
「この子は、しない。私含めて、こっちのずうずうしい田舎者とは違う。わかったか。がたがた言わずに、はい、だけ言え」
「はいはい。しかし、最初にこっちに来てくれて、よかったよ。うちにあいさつにでも行かれたら、どうしようか、って思ってた」
「ずっと待ってたの?」
「一時間ぐらい」
「やっぱり、ばかだ」
再びの攻防だ。親友と、親友の初代親友との、余人には立ち入り難い友情の発散を目の当たりにして、麻弥は、ただただ、たたずむしかなかった。




