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未知標  作者: 一族
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第一〇八話 指極星(二四)

 国立体育館第二アリーナは異様な雰囲気に包まれていた。絶えずざわめいている。何かが、繰り広げられているのだ。しかし、神宮寺静は、その、何か、に対して目を閉ざし耳をふさいでいた。アリーナには四つのコートがある。AとBで女子の、CとDでは男子の、全日本選手権が進行中だ。何か、の発生地は、おそらく、隣のBコートだった。舞浜大とウェヌススプリームスが試合をしている。気になる。気になるが、自分たちも試合中なのだ。目の前の試合に集中しなければならなかった。必死に自戒する。

 鶴ヶ丘高校は、一回戦、二回戦、いずれも格上の大学生を向こうに回して、完勝での連勝を飾っていた。蹴散らした、と称していい勢いだった。今日の相手、日本リーグ勢のみかん銀行シャイニング・サンに対しても、昨日までの勢いをそのままに押し込んでいる。冬の選手権を捨ててまで積んだという、高いレベルでのトレーニングが本物であることを、静は証明していた。……それでも、だ。

 ハーフタイムの退場時には、あえてスコアボードを目に入れないよう、うつむいて移動した。普段は律儀に応じる取材も、余計な情報を耳に入れぬため、逃げた。控室では、注進に及ぼうとしたまどかを叱り飛ばした。それほどに、静は意識を先鋭化させていた。

 大黒柱の引き締めもあって、鶴ヶ丘は三回戦を快勝で終えた。待ちに待った、だ。はやる気持ちを抑えながら、相手チーム、オフィシャル、観客席、とあいさつをして回って、さあ、舞浜大とウェヌスの試合をうかがう。静はBコートのスコアボードに目を向けた。四七対二三。舞浜大がリードしている。ウェヌス相手に素晴らしい展開だった。……それはいい。それはいいとして、まだ、第三クオーターとは、どういうことか。午後六時に四つのコートで同時に試合が始まって、はや一時間半が過ぎていた。他の三試合は終わっているというのに、Bコートだけが第三クオーターの途中で、しかも、たっぷりと残り時間はある。これが、ざわめきの理由か。

 静はBコートのコートエンドに立った。すると、気付いた春菜が寄ってきた。

「静さん。見てましたよ。ナイスゲームでした。おめでとうございます。明日はいい試合にしましょう」

 べらべらとやっている春菜の背後では試合が進行している。静は慌てた。

「春菜さん! 試合! 途中!」

「わかってますよ。そんな、大声を出さなくても。大丈夫です」

「大丈夫、じゃなくて!」

 いくら試合に戻れ、と言っても春菜は聞かない。そのうち、

「静! 帰れ! そいつが集中せん!」

 各務の怒声が聞こえてきたではないか。

「無視していいですよ。静さんがいようが、いまいが、もう集中できません。つまらない試合で。まあ、そのつまらない試合にしたのは、誰あろう、私なんですが」

「静! 後でビデオを届けさせる! 今は、帰れ!」

「……春菜さん。健闘をお祈りします」

 一礼して静は控室へと駆け去った。

 もちろん、鶴ヶ丘高校の控室での話題は、Bコート一色だった。日本リーグ勢を下すという快挙を成し遂げた自チームを誇る声など、全く聞こえてこない。

 複数の部員から、ファウルトラブルだ、と声が上がった。春菜がウェヌスの主力をファウルトラブルに追い込み、試合を有利に展開した、というのだ。それで、試合の進行が異様に遅かったのか。

「静先輩。私たちにも同じことをやられたら、どうにもなりませんよ」

 着替えの最中で、首にタオルを巻いたまま、ショーツだけのまどかが寄ってきた。手にしているスマートフォンには、Bコートの映像が表示されている。試合はライブ配信されているのだ。ファウルトラブルの情報も、ライブ配信のスコアブック機能を参照したものという。

「大丈夫だろ。北崎さんは、うちには、やってこない」

 こちらは既に身支度きっちりの景だ。

「そうですか?」

「やる必要ない。うちのほうがウェヌスより余裕で弱いんだし」

「確かに」

「おーい。着替えは終わったか。終わったら、さっさと帰るぞ」

 控室にパンツスーツの長沢が入ってきた。公式戦での長沢のスタイルは、恩師の各務をまねたものである。

「おら、伊澤。いつまでパンツ一丁でいるか。お前だけだぞ、着替えが終わってないのは」

「おっと」

「先生。試合のビデオは?」

野中(のなか)が持ってきてくれる」

 野中とは、舞浜大学女子バスケットボール部の主務に就いている女性だ。春菜の手配により、当面の静のマネジメントを担当してくれているのも彼女である。

「まだ、試合は続いてるし、その後もチームの仕事があって、全部、終わった後になるから、少し時間がかかるだろう、ってさ」

「わかりました」

「というわけだ。よし。撤収ー!」

 号令一下の脇では、制服のスカートを焦ってはこうとしたまどかが、裾を踏んづけて転びそうになっていた。

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