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未知標  作者: 一族
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第一〇七話 指極星(二三)

 年が明けた。三が日の最終日。鶴ヶ丘高校と舞浜大学は、それぞれにとって重要な一戦を迎える。鶴ヶ丘は、一回戦、二回戦で大学チームを連破して、実業団チーム、みかん銀行シャイニング・サンとの一戦を。舞浜大は、初戦となる二回戦で大学チームに快勝し、ウェヌススプリームスとの一戦を。

 みかん銀行シャイニング・サンは、日本女子バスケットボールリーグ――日本リーグにおいては長年にわたって下位に低迷する、いわゆる弱小だ。それでも高校生とすれば格上の存在である。ウェヌススプリームスは、高鷲重工アストロノーツと共に、日本リーグに二強時代を敷く、正真正銘の強豪だ。神宮寺静、須之内景の二枚看板を中心に、上げ潮に乗っている鶴ヶ丘については、十分に。一方、舞浜大は、いくら「至上の天才」北崎春菜を擁していようとも、無理。以上が、両校への戦前の評だった。

 初戦の相手が舞浜大と決まると、ウェヌスに所属するナジョガク卒業生たちは口々に、母校の史上最高傑作とうたわれた後輩との対決を楽しみにしている、旨のコメントを発表している。これに対する春菜の反応は、ない。取材に訪れたバスケットボールジャーナリストから、先輩方へのメッセージを求められ、これを無視だ。今に始まったことではなく、春菜は外へも内へも愛想が悪い。孝子たちには妹分として愛嬌を振りまいたり、静や佳世には先達として親身の助言を授けたりしてはいるが、これは例外中の例外だった。一般に北崎春菜は不遜な変わり者として知られているのだ。

 その不遜な変わり者が、試合前に対戦相手のベンチを訪ねた。高校の後輩が先輩方を表敬訪問に、と誰もが最初は、そう見たことだろう。大会三日目の第四試合、東京都三谷(みつや)区の国立運動公園内に所在する国立体育館第二アリーナ、Bコートにおけるひとこまである。ちなみに隣のAコートには鶴ヶ丘高校の面々がいる。両校は同じ山の隣接するグループに配されている関係上、試合開始のタイミングが昨日、今日と同時なのだ。

「春菜ー。今日はいい試合にしようね」

 笑顔で迎えたホワイトアッシュのセミロングは市井美鈴だ。春菜と美鈴は、出身が隣接する緑南市と那古野市、年齢も二歳差ということで、ミニバスケットボール時代からの交流があった。ミニバス時代は対戦相手として、中学、高校ではチームメートとして、何かと構い付けてくる気さくな年長者を、春菜も嫌ってはいない。実に、春菜が親しいナジョガク関係者といえば、松波治雄と池田佳世以外には、この市井美鈴だけである。

「美鈴さん、すごい色にしましたね」

「ちょっと冒険してみたんだけど、どう?」

「その顔なら、坊主にしても、多分、いけますよ」

「いや、それは、大冒険でしょ」

 明るく笑い転げる美鈴は、バスケットボール界のみならず、アスリート中に美形を挙げていけば、必ず三本目の指までには入る容姿の持ち主として知られている。年始を機に始めた大胆な髪色も、美鈴が彼女のSNSで発表するや否や、大絶賛の嵐とか。いわく、難易度の高い白系も余裕の美鈴さん最強、だそうだ。今日の試合は、ウェヌスの今年最初の試合である。すなわち、美鈴が新ヘアカラーをお披露目する日でもある。以上を、ぺらぺらとやってくれた美鈴に、胸中で春菜は一礼した。利用させてもらう。そう決めたのだ。

「美鈴さん。すみません」

「え? 何が……?」

「せっかくのお披露目の日に、恥をかかせちゃって」

「は……?」

 何を言い出すのか、と美鈴は眉間にしわだ。周囲に寄ってきていた他のナジョガク卒業生たちは、失笑である。春菜は、ちらと視線をそちらに向けた。美鈴以外に五人いるウェヌスのナジョガク勢とは、全くの没交渉なので、こちらには遠慮なしだった。

「今日は先輩方に、ちょっと惨めな思いをしていただきますが、気にされないことです。皆さんが下手なんじゃなくて、私がうま過ぎるだけなので。負けても、泣いたり、引退する、とか言い出さないように、あらかじめお伝えしておきます」

 この一発で、ナジョガク卒業生たちが止まった。満面によこしまさを漂わせ、声に出しては、ウフフフフ、と春菜は笑う。

「見せてあげましょう。バスケットボールの女神の力を。めったにない機会です。末代まで語り継いでいいですよ。それでは、私、鶴ヶ丘の皆さんにごあいさつしてきますので。なんといっても静さんの壮行試合ですよ。明日は、いい試合にしなくては」

 海の見える丘で放ったたわ言を引っ張り出してきて、ナジョガク勢はじめ、聞き耳を立てていたウェヌスのメンバー、スタッフまでもあぜんとさせると春菜は立ち去った。

 いくら大学日本一の「各務舞大」といえども、まともにぶつかってはウェヌスに勝てない。通常であれば、それはそれ、と割り切る春菜だ。かつて松波治雄をやきもきさせたように、バスケットボールへの情熱が、そもそも希薄である。記憶の限りで負けた経験はないが、負けたところで、とは常に春菜の感じていることだった。

 だが、今回だけは違う。唯一、その存在を認める神宮寺静との五回目の対決が控えていた。しかも、その対決は、春菜に打ち勝つため、米国でのプレーを目指すという静の、大切な壮行試合だ。ウェヌス戦は、なんとしてでも勝ちたい。負けは許されない。この、なんとしてでも、の第一段階がウェヌスのナジョガク勢に対する挑発だった。春菜は間違えない。自分よりはるかに格下とはいえ、自分の味方連よりは、ずっと精強だった。例えるなら、羊の群れを率いて、獅子の群れと戦うようなものだ。あおって、連中の心身の均衡を、少し崩すぐらいしておかねば、いくら女神とて面倒なことになる。

 両チームのウオーミングアップ中、コートの一方から自らに向けられる冷えた視線や、荒れた動きを見せるナジョガク勢に、春菜は第一段階の成功を悟った。

 さて。次は、第二段階である。

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