第一〇五話 指極星(二一)
鶴ヶ丘高校女子バスケットボール部の大みそかは、軽い調整と全日本選手権一回戦の対戦相手を映像で確認することとで終わった。翌日からは校内のセミナーハウスで、全日本選手権を勝ち続ける限り継続する合宿に入るが、この日はこれで解散だ。年越しは家族の元で、という長沢の配慮であった。
帰宅した静は、シャワーを浴び、身支度を完全に整えた状態で、昼食の席に顔を出した。家族と年越しの前に、一つ、予定があった。
「静。そんな格好をして、どこか行くの?」
「え……。ちょっと、景のところに。明日のこととか、話に」
千鳥格子のスカートにフリルシャツ、黒のジャケットという組み合わせは、少しよそ行きに過ぎたか。冷や汗をかきかけた静だったが、美幸の追及はなかった。気を回してくれたのかもしれなかった。
昼食を済ませた静は、早々に家をたった。須之内景の家に向かって、ではない。神宮寺家の近所にあるコンビニだ。より正確にはコンビニの駐車場だ。孝子が待っている。一週間前である。依頼されていた応援歌が完成したので、披露と全日本選手権への壮行会を兼ねたライブをやってやろう、と言われた。人に歌声を聞かれるのを好まぬ義姉がライブを催してくれるのだ。めかし込んだのは、それなりの格好で参加しよう、と考えたためであった。
神宮寺医院の敷地を抜けて表通りに出た。コンビニの方向を見ると、駐車場には既に青い車がとまっていた。そばには孝子と、誰であろう、男性が並んで立っていた。近づくにつれ、目鼻立ちがはっきりとしてきて、わかった。町内で見掛ける顔だった。多分、近所に住んでいる人なのだ。たまたま出会って話し込んでいたのだろうか。
……それにしても、義姉は、どうして、あんな難しい顔をしているのだ。静を見るまなざしが尋常ではない。
直後に、理由は判明した。背後から何者かに抱きすくめられて、静は飛び上がった。
「那美!?」
「やっぱり、こんなことだと思った」
つけてきていたのだ。その姿を認めた孝子は、仏頂面になっていたのだ。まずい、と静は思った。ライブについては、当然、他言無用が厳命されていた。このままでは叱責を食らってしまう。顔面蒼白となった静を、構わず那美はぐいぐいと押していく。
二人は孝子の御前に到着した。
「静ちゃん。どういうこと?」
重低音が静の鼓膜をたたいた。
「ケイちゃん。静お姉ちゃんをしからないで」
なれなれしくも那美は孝子のニックネームに、すっかりなじんでいる。
「何が、しからないで、よ! 悪いのは那美でしょ!」
静は横目で那美をにらんだ。
「いや。静お姉ちゃんのせい。ケイちゃん、こんなうその下手な人っていないよ。もう、絶対、何か内緒にしてる、ってわかるんだもん」
けけけ、と那美は笑った。
「須之内さんのところに行く、って言ってたけど、友達に会う格好じゃないもんね。こんなの」
「デートだったかもしれないでしょう。秘め事に首を突っ込むのは、感心しないよ」
「違う。デートなら、静お姉ちゃん、真っ赤になってる」
「静ちゃん。ああ言えばこう言う。あなたの妹は、どうなってるの?」
「……すごく言いにくいんだけど、お姉ちゃんの妹でもあります」
「口答えしない」
「ええ……」
「待って。なんで二人とも、私を厄介者みたいに言うの!」
「仲よし姉妹だね」
微笑を浮かべて神宮寺姉妹のやりとりを眺めていた男性が、初めて口を開いた。
「このおじさんは、誰?」
「麻弥ちゃんのおうちの隣に、郷本さん、っていらっしゃるの、わかる? そちらの方だよ」
「うん。郷本信之といいます。よろしくね」
予想どおり、ごく近所の人だった。静と那美はそろってあいさつした。
「で、結局、二人で何をたくらんでたの? おじさんも、二人の仲間?」
那美が問うた。そうだ。郷本信之は、なぜ、ここにいるのか。静も知りたいところだった。
「うん。静ちゃんがケイティーに、応援歌を作ってほしい、って頼んだでしょう。それが完成したんで、披露しよう、って話になってね」
「あ。思いだした。そんな話、あった。ちょっと、二人とも、なんで私に教えてくれないの!」
「いや、だって、お姉ちゃんが、他言無用、って」
「冷たい! ケイちゃん、最愛の妹を、どうして仲間はずれにするの!」
「別に、最愛じゃないし」
二人の組み合いが始まった。次第に孝子の渋面もほぐれていく。どうやら危機は去ったようである。ほっと胸をなで下ろす静であった。




