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未知標  作者: 一族
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第一〇四話 指極星(二〇)

 この時点で、バスケットボールの経験もない斎藤みさとが、静と春菜に感じた確信とは、インターネットでの聞きかじりをこじらせた妄信でしかない、といってよかっただろう。

 一方、冬の選手権を終えた鶴ヶ丘高校への合流を果たした静と景は、実感として春菜への確信を抱いていた。それは、春菜の直伝を受けた自分たちへの確信にもつながるものであった。

 大みそかの午前、鶴ヶ丘高校の体育館で活動しているのは女子バスケットボール部のみだ。他の部はみそかから三が日にかけて休みとなっている。女子バスケ部も例年なら他の部と歩調を共にするのだが、今年は年明け早々の全日本バスケットボール選手権大会に備えて活動を続けているのだ。

 顧問の長沢美馬は全日本選手権を、高校生にとってあくまでもイレギュラーな大会、と位置付けた。故に、年末年始の部活動を義務とはしない旨、明言している。家庭で予定が入っているならば、そちらを優先してよろしい。三が日を過ぎても勝ち残っていたら、見に来ればいい、と。しかし、長沢の言にもかかわらず、部員たちは全員が顔をそろえている。ユニットという単位では、史上最高ともうたわれる二人の三年生との、最後の時間を逃さないためだ。

「惜しかったね。まあ、来年、来年」

 練習前、ユニットの一方である静は、秋の国民体育大会に続き、またもナジョガクに屈した後輩たちをねぎらっている。

「お二人がいたら、勝てたんですよ」

 口をとがらせたのは一年生の伊澤まどかだ。まどかはこの冬から景の後を受け継いで、副部長に就任している。

「圧勝だった、だろうな」

 こちらは、ユニットのもう一方の景だ。

「須之内先輩が、そういうことおっしゃるのって、珍しい気がします」

 部長を受け継いだ二年生の高遠祥子が驚きの表情を見せた。須之内景は、普段、寡黙といっていいぐらい、しゃべらない先輩なのだ。

「今のまま秋に戻れたら、池田に好き勝手やらせないんだけど」

 放言気味の一言まで出てくる。秋の国体の神奈川県代表チーム、冬の鶴ヶ丘、共に敗因は、あの池田佳世である。秋は景が振り回され、冬は祥子が翻弄された難敵だ。

「言うじゃない。しっかり、自信をもらってきたみたいね」

 恩師の言葉に、景はぺこりと頭を下げた。

「はい。北崎さんに比べたら、池田は動きが速いだけで、雑です。今の私なら、難しくないと思います」

 うなずいた長沢は静に視線を向けた。

「どう思う?」

「景の言うとおりです。でも、再来年には佳世ちも舞浜大だし、そうなったら景もうかうかしてられないんじゃない?」

「一年間で北崎さんの技術を盗めるだけ盗んでおく」

 舞浜大の推薦入試を受けた景は、見事に合格を決めていた。来年には春菜と共闘する立場になるわけだ。

「じゃあ、まずは、全日本選手権で一泡吹かせて、アピールしないとだね」

 武者修行帰りの静の言葉に、さすがに後輩たちが失笑しかかる。無理もない。こちらは大学生、大学生、実業団の連破が必要となる。これだけでも厳しいと思われるのに、対する舞浜大学は、シードで臨む一戦目は問題ないとして、二戦目で日本女子バスケットボール界二大巨頭の一、ウェヌススプリームスを打ち破らなくてはならないのだ。

「勝てますか……?」

「もちろん」

 祥子の問いに景が返す。

「私たちは、多分、大丈夫だし、舞浜大も、大丈夫」

 ちらちらと視線を交わす後輩たちに向かって静が口を開いた。

「二年は、春菜さんを知ってると思うけど、私たちが知ってる春菜さんは、全然本気を出してなかったんだよ。例えるなら、水たまりと海ぐらい違った」

「ああ。それぐらい違う」

「ほい。脅すな、脅すな」

 手をたたきながら長沢が会話の中に入ってきた。会話がやんだところで、練習前の訓示が始まる。

「私も何度か練習をのぞいたけど、勝ち上がってくるのは舞浜大だと思う。なんでも、静に、他の全員が赤ん坊でもウェヌスごときにゃ負けねぇ、とか言ったらしいけど。……そうなるだろうね。恐ろしいよ。もしかしたら、バスケットボール史上最高の選手かもしれない。それも断トツのね」

「先生が脅してるじゃん」

 ちゃちゃを入れる静の頭をわしづかみにしながら長沢は続ける。

「だからこそ、絶対に戦いたい。戦わせてあげたい。北崎と同じコートに立つことは、必ずあんたたちの未来につながるよ。三連勝、やってやれないことじゃないぞ。よし。始めよう!」

 長沢の声に続いて体育館に部員たちの声が響く。全日本バスケットボール選手権大会は、明けての元旦に、いよいよの開幕である。

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