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未知標  作者: 一族
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第一〇三話 指極星(一九)

 マネジメント業務の他に一つ、収益性のある業務を手掛けるべきである。その収益の内から、十分な報酬を孝子が得ることで、静の負い目も解消されるであろう。また、収益の一部を静の将来のためにプールしておくことも忘れてはならない。引退後の生活のほうが、現役でいる期間よりも、ずっとずっと長いのだ。静が大活躍し、スター街道をまっしぐら、となったなら、それは結構なことだ。しかし、現実は甘くない、かもしれない。なんらかの事由により、志半ばにしてバスケットボールを離れることもある、かもしれない。そのとき、そこにいるのは高卒の女の子だ。有事に備える意味でも、サブの業務は油断なく育てておくべきだ――。以上が、大まかなみさとの主張だった。

 理念だけが先走っていた状態の孝子には、反論のすべがない。報恩うんぬんの孝子の意志に酔っ払っていた感のある麻弥と春菜も同じくだ。高卒の女の子などという言葉は、決して三人には浮かばなかったことだろう。

「お前、かなり調べてきてたじゃないか」

 ダイニングテーブルで、みさとの隣に着いた麻弥が、整った横顔に向けて言った。

「アスリートのセカンドキャリアの話とか、課外講座で聞く機会あったしね。こう見えて、勉強してるんだよ、私は。妹さんのことも、いろいろ調べて。インタビューの動画見たら、すごく真面目そうでね。この子なら、家族でも絶対にただ働きはやらせないだろうな、って当たりを付けてね」

「当たり……?」

 春菜の声にうなずきながら、しかし、みさとが返したのは別の話題だった。

「ちょっと話が飛ぶんだけど、なじみのヘアサロンがお休みに入っちゃってさ。店主急病、って。おばちゃんが一人でやってたお店で、もう手も足も出ない。個人は、そういうときに大変だよね」

「……まあ、そうだろうな」

「人生、何が起こるかわからない。そういえば、法学部。司法試験は考えてるの?」

「え……?」

 顔を向けられた孝子は、戸惑った視線を返す。

「順調にいったら、司法修習あるじゃない、一年ぐらい。その間、マネージャー業務がお留守になっちゃうし、かといってマネージャー業務のために修習を諦めるなら、妹さんはいい顔をしないだろうし」

 とうとうと語るみさとに、周りの三人は視線を交わし合っている。どうやらみさとの魂胆が見えてきたようだ。

「結論!」

 右手を、さっとみさとが上げた。

「組織をつくって、協力者を募るべきだと思う」

「それで、お前が第一号か」

「そうだ」

「回りくどいやつだな、お前は……」

「回りくどくなんかない。ほとんど面識のない状態さ。それなりのビジョンを提示しなけりゃ、仲間には入れてもらえないでしょうが」

「……どうして?」

 苦り切った表情の麻弥に代わって、孝子だった。鋭いまなざしでみさとに正対する。みさとも居住まいを正して孝子に立ち向かった。

「妹さんのプロ挑戦のニュースを聞いたときね、最初は、ああ、正村の友達の妹って、この子か、って。興味本位で、どんな子なのか、ちょっと調べて。……で、思うようになった」

「何を……?」

「妹さんとハルちゃんが、大きなことを起こすんじゃないか、って」

「私ですか?」

 再びの突然の指名に、春菜は目を見開く。

「そう。妹さんのことを調べると、ハルちゃんの名前も出てくるんだ。鶴ヶ丘神宮寺とナジョガク北崎の試合を『名勝負数え歌』ってまとめてる動画があって、見まくったよ。そうそう、次の全日本選手権で数え歌の五回目があるんだよね」

「……かなり厳しい組み合わせじゃなかったか、どっちとも」

「関係ないね。そうそう、見て。私、チケット取ったんだ」

 床に置いていたトートバッグから、みさとはチケットホルダーを取り出し、卓上に置く。

「国立体育館、メインアリーナ、四日目第三試合――斎藤さん、やりますね」

 ホルダーのチケットを確認した春菜が、立ち上がると同時に手を差し出した。みさとも立ち上がって、がっちりと握手だ。国立体育館、メインアリーナ、四日目第三試合は、万事順調に運べば鶴ヶ丘高校と舞浜大学が激突する予定の試合である。あくまでも、万事順調に運べば、だが。

「SS席だぜ。三枚あるぜ。行こうぜ。ウェヌスだろうが、重工だろうが、ハルちゃんが負けるわけない。必ず数え歌の五回目がくる」

 すらすらと強豪チームの名が出てくるあたり、みさとはかなり女子バスケットボールについて調べているようだ。

「そのとおりです」

 春菜が両手を広げて歩み寄り、みさとも応えて、ダイニングテーブルの脇では感動的な抱擁が実施されている。

 ……みさとも思い切ったことする。実際の春菜の人となりを知った上ではあるまい。期せずして、だろうが、彼女の行動は「至上の天才」の操縦法に合致していた。全て信じて、全て委ねたときこそ、北崎春菜は真価を発揮するのだ。孝子は決意した。斎藤みさとの勢いに、乗ってみようという気になった。

「斎藤さん」

「おうよ」

「チケット、いくらしたの?」

「七〇〇〇。いいよ。おごるよ」

「受け取らないなら、仲間に入れないけど」

 一瞬の間を置いて、華やかに、みさとの歓喜がはじけたことである。

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