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未知標  作者: 一族
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第一〇〇話 指極星(一六)

 いとしい義妹の頼みだ。何をおいても、受ける。義姉として、当たり前になすべきことである。このとき孝子を駆り立てているのは、静を内包する神宮寺家、そして、その家長である美幸に、ついに報恩の機会が巡ってきた、という思いに違いないのだ。舞浜に引き取られて、この方、拝受した物心両面への絶大な施しを、決しておろそかには考えるような孝子ではない。義妹のLBA挑戦。それに関わるマネジメントの依頼。静は養家の大切な総領娘である。まさに、格好の、絶好の、ではないか。養女として、絶対に成し遂げなければならない務めといえる――。

 孝子の興奮の理由を指摘したのは麻弥だった。景を送った後に帰宅したところで、不安に駆られた静に相談を受けてのことである。

「私でも、おばさんって、なんでここまで孝子によくできるんだろ、って不思議に思ったこと、たくさんあるもん」

 親友として、さまざまの役得にあずかってきた麻弥ならではの述懐だった。養女に注ぐ養母の愛情は質、量共に、はたから見ていてもなまなかではないのである。

「私だったら無理だな。絶対に、できない。私にも手伝わせて。私もおばさんにはいっぱいお世話になってるんだ」

 鼻をすすりながら麻弥は言う。潤んだ瞳は彼女の人柄の証明である。

「私にも協力させてください」

 夏に孝子と神宮寺家の関係を知った春菜も感動を隠さずに申し出ている。

「春菜は、バスケ担当だな。練習もそうだし、LBAの情報とか」

「はい。お任せください」

「私は、マネジメントについて調べてみよう。孝子が一手にやるか、それとも、組織というか、システムみたいなものを……。ああ、でも、そうすると金がかかってくるか」

「お金なら、私が出す。そこは問題じゃない。静ちゃんにとって最良の形を考えないと」

 敢然と言い放った孝子に、たまらず静が声を上げる。

「待って。お金とか、使わないで。お姉ちゃんにそんなことさせたら、私がお母さんに怒られる。やめてね。駄目だよ」

「おばさまに今の話をばらしたら、許さない」

 高校総体のときに浴びせられたものに、勝るとも劣らぬ眼光を受けて、静は静止した。

「わかった? わかった?」

「こら。すごむな。……静、こればっかりは孝子にしかわからない心持ちなんだ。内緒、内緒。な」

 しばらくはしかめっ面で黙りこくっていた静だったが、不意にぱっと表情の明度を高めた。いいことを、思い付いたのだ。

「やっぱり、今の話はなし!」

 三人の視線が静に集中した。

「よく考えたら、お姉ちゃん、まだ未成年じゃん! 喫茶店のおじさんが言ってた! こういうのって、未成年は駄目なんだよね。やっぱりお母さんに相談するよ!」

「来年の二月まで静ちゃんが黙っていればいいだけだよ」

 得意げな静に孝子のカウンターだ。静、またも静止である。

「レザネフォルに行くのは二月になってでしょう。合否が判明したぐらいで私も名乗りを上げるよ」

「…………」

「私の誕生日は知ってるよね?」

 孝子の誕生日は早生まれの二月八日だ。

「では、それまでは各務先生にお願いして、うちの女バスでやりましょう。主務とか、高校にはない役職もあります。お姉さんが動き出せるまでのサポートができますよ」

「ちょっと、春菜さん……。面白がってないで、本気でやめてくださいよ」

「面白がってなんかいません。私には私の事情があります」

「それは、練習に付き合ってもらってるだけで、もう十分なんで」

「違います。そちらは、プレーヤーとしての私が好きでやっていることです。こちらは、人間としての私が、やらなければならない責務なんです」

 ダイニングテーブルには孝子と麻弥が並んで座り、静と春菜がその対面に座っている。春菜は隣の静に、ぐっと顔を寄せてきた。

「舞浜に来て一人暮らしに苦労していたときに、お二人に声を掛けていただいて、本当に助かったんですよ。お二人が動くなら、私も動きます。静さんが何をおっしゃろうと、私はやめませんよ」

 最後に静がすがったのは、おそらくこの場で最も話の通じそうな相手だった。

「麻弥ち。助けて……」

「金は使わせない。そこさえ押さえておけば、お前だって孝子がやるのには反対じゃないんだろ?」

「それは、まあ……」

 もごもごと静がつぶやくそばでは、孝子、麻弥、春菜がそれぞれ掲げた右、右、左の手のひらを、パチン、パチンと合わせている。もう、どうにでもなれ、だ。静も立ち上がると、いえーい、と奇声を上げながら三人と手のひらを打ち鳴らし合ったのだった。

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