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 しかたなく、俺はベッドを出て着替えると、夜の街に出かけて行った。

 空には相変わらず欠けた月。

 それを見ないようにしながら、新宿のミカミのところに向かった。俺のような自制の塊のような有鱗族だって、あの月をじっと見つめていると腹の奥の方で、何かがもぞもぞ動き出すような妙な気分になってくるのだから、自分をコントロール出来ない奴ならなおさらだ。

 まして相手は女。

 考えただけでぞっとする。

 

 ミカミはホストクラブの売れっ子だ。

 当人曰く、ナンバー1ということだが、ホスト遊びの経験のない俺には、本当のところは分からない。とにかく、店を転々としながらももう十年近くこの街でホストをやっているのだから、腕が悪いわけではないだろう。

 俺は勤務中のミカミを電話で呼び出し、店の外で待っていた。しばらくして、気障なスーツに身を包んだミカミが、コロンの匂いをまき散らしながらこっちに向かって来るのが見えた。

 蛇の血統を持つ有鱗族特有のしなやかで細身のからだ、切れ長の目と薄い唇、そして金色に染めた髪が、この街にぴったりとハマっている。

「龍ちゃん、こんな夜に外に呼び出すことないじゃん」

 ミカミは不満そうに言った。

「悪いな。俺もこんな夜に出歩きたくないよ。あったかい毛布にくるまって寝ていたかったんだ」

「龍ちゃんでも、あの月はダメ?」

「ああ」

 俺は素直に頷いた。

「何だか、日頃抑えているものが飛び出してきそうな感じだよね、あの月見てると」

 ミカミは地面に視線を落としたまま言った。

「まったくだ。迷惑なことに、抑えきれずに溜め込んだものを吐き出しちまった奴がいるらしい」

「やっぱりね」

 ミカミは驚かなかった。

「知っていたのか?」

「夕方、店の準備してるときにニュースを見てたから。人工河川で見つかった男女の死体って、うちらの仲間の仕業なの?」

「たぶん」

「ちっ。迷惑な話だな」

 ミカミはうんざりした顔で舌打ちした。

 夜の闇の中で見ると、ときどきミカミの目は赤く見える。その目を隠すために、わざわざ前髪を長くしているらしい。

「八日前、ホスピタルから脱走した女がいる。自制が効かないという話だから、どう考えてもその女が一番怪しい。悪いが、それらしい同族を見かけたという情報がないか集めてくれ。どうやら完全にコントロールを失っているようだから、見つけるのは難しくないはずだ。完全に変容した有鱗族は人間にとっては異形だから、すぐに噂になる」

「だろうね」

「居場所が分かったら、俺に連絡しろ」

「処分するの?」

「その前に、証拠を見つけろというお達しだ。そっちも一緒に頼む」

「分かった」

 ミカミは頷いた。

 それからちょっと間を置いて、口を開いた。

「さっきホスピタルを脱走したって言ったけど、一人で?」

「誰かと一緒だとは聞いてない」

「属性は?」

「ピラルクーが一番近いって話だから、泳ぎはお手の物だろう」

 俺が適当な返事をすると、ミカミは驚いた顔になった。それから、ざわとらしい大きなため息を吐いた。

「龍ちゃん、また飲み過ぎ? 頭がボケてんじゃないの? しっかりしてよ」

「何だと?」

「いいかい、よく考えてもみなよ。ピラルクーは淡水魚だよ。脱走した女がかなり濃い血を持っていて、泳ぎは得意だったとしても、それは淡水での話だろ。ポスピタルは四方を海に囲まれた孤島にあるんだよ? その女一人で、塩水の中を数百キロも泳ぎ切れるわけないじゃん。血が濃いってことは、属性固有の順応環境も限定されるってことだよ」

 そのとたん、俺は頭を何かで殴られたような気がした。

 欠けた月のことばかり気になって、すっかり頭が鈍っていたようだ。

「確かにそうだな。淡水魚が海を泳げるわけがない。船を使ったか、そうでなければ・・・・」

「泳げる誰かと一緒だった・・・・って、普通はそう考えるんじゃない?」

 ミカミは得意げに俺を見た。


 一口に有鱗族と言っても、その能力や変容の度合いはさまざまだ。

 先祖の血を濃く継ぎ、明らかに人間とは異なる能力を有する者から、ほとんど人間と同化してしまい、わずかな身体的特徴に昔の名残りを留めるだけの者まで、さまざまだ。

 後者の中にはさらに、種特有の並外れた能力や変容力できない者までいる。こうした連中の多くは、生まれてから死ぬまで自分のルーツを知ることなく、自分を人間だと信じて一生を終える。

 遙か昔、有鱗族が度重なる人間との闘いに憑かれ、共存という道を選んだ結果だ。

 いつしか人間は有鱗族の存在を忘れ、遠い昔の記憶の奥に封じ込めた。有鱗族もまた、自らすすんで存在を伏せることと引き換えに、迫害と危険のない暮らしを手に入れた。

 だが、すべての同族がそれに満足しているわけではない。小さな不満はあちことに燻っていて、それをなだめなすかし--どうしてもそれが無理なときには粛正し--ながら、ひっそりと種の歴史を繋いできたというのが現実だ。


「ひょっとしてその女、仲間がいるんじゃないの?」

 ミカミの声で、俺ははっと現実に戻った。

「仲間か」

 だが南美は、そんなことは一言も言わなかった。

 もっとも、あの女が俺にすべてを話すわけがないし、俺もそんなことは期待していない。

 とは言っても、仲間がいるなら言うのが普通だ。その仲間だって処分の対象だし、ユニオンの長老連中が放っておくはずがない。

 こいつは、考えていたより、やっかいな仕事になるかもしれないな。

 俺の頭の中に、そんな厭な考えが過ぎった。


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