おなべにお湯をわかせば
むかし昔、ある小さな国に一人の女の子がおりました。
女の子は春が好きで、いつも毎年冬の終わりになると、「早く暖かくなるといい、花が咲いて小鳥が唄って、それはとても楽しい光景よ」と、毎日のように言いました。
お母さんはそれを聞いて、「そうね」と微笑むばかりです。
今年のこと、いつものように女の子は、春が待ち遠しくて待ち遠しくて、毎日窓の外を見ては溜め息を吐いていました。
「ああ、今年も早く春が来ないかしら」そう思っても、春は一向にやってきません。
なんでも、冬の女王様が例年より長くこの国にいるせいで、冬が終わらないのだそうです。
みんなはだんだん心配になってきました。今は良いけれど、どんどんと食べ物は無くなっていきます。寒さで植物は育たず、それを食べる動物も減っていきます。
今は良いけれど、いつかそうなってしまうという不安は、みんなの顔を曇らせていました。
そんなある日、お城から一つのお触れが出ました。
「冬の女王様と春の女王様を交代させた者には、好きな褒美を取らせよう」
女の子はお母さんに言いました。
「それなら、あたしが冬の女王様を追い出してくる!」
その強い言葉に、お母さんは言いました。
「追い出してくる、なんて駄目ですよ。冬だって、あなた、必要な人だっているんですもの」
女の子はその言葉を聞こうともせず、うんうん、と頭を捻ります。
女の子は思いました。
「そうだ、どうしたら出て行ってくれるか、女王様に聞いてみよう!」
そう思い、テクテクと女王様のいる塔に歩いて行きます。
外は寒くて、女の子の手足は蝋のように白くなっていきました。これでは、満足に動かすことも出来ません。
風がヒュウヒュウ吹いています。襟をかき寄せても、寒さは和らぎません。
「ああ、早く出て行ってもらわなくちゃ、早く出て行ってもらわなくちゃ」
そうブツブツと唱えながら、女の子は塔に急ぎます。
少し歩けば、もうそこは塔でした。
氷が張ってつるつるになった扉を叩いて、女の子は叫びます。
「開けてちょうだい! 開けてちょうだい! 冬の女王様、出てきて話を聞かせてちょうだい!」
その言葉に驚いたのは冬の女王様、トントントンと扉を叩いて答えます。
「開けられません! 開けられません! 扉が凍って開かないんです!」
その声を聞くと、女の子は兵士さんの所に行って、これまた大きな声で叫びました。
「兵士さん、お湯を少しちょうだいな! 扉を溶かしに行くんです!」
兵士さんはその言葉に驚いて、それはいかん、とすぐにお湯を沸かしました。そしてそれをたらいに一杯に張ると、女の子を見て言いました。
「これはとても重たくて、君にはきっと持って行けない、だから僕が持って行くよ」
よいしょ、とたらいを持ち上げると、半分ほどたらいから溢れて零れてしまいます。
「そんなんじゃ駄目よ、やっぱり私が持って行く!」
そう言って持ち上げると、今度は全部零れてしまいました。
困りました、これではお湯を持って行けません。
うんうん、と二人で頭を悩ませて考えました。そして、一つの考えが浮かびました。
「そうだ、扉の前でお湯を作ろう」
そう言うと、扉の前でテキパキと準備を始めます。乾いた枝を積み上げて、そこに大きな鍋を一つ置いて、マッチを擦って火を付けました。
お湯が沸いてくると、もくもくと蒸気が立ちこめました。それを見て、街の人たちも集まってきます。
わいわいとお鍋を覗き込んだ人々は、ただのお湯だと知ると、何をしているのか不思議がりました。しかしやがて、
「ああ、こんなにお湯が沸いているんだ、このままじゃあもったいない」
誰からとも無くそう言うと、ニンジンや大根、お野菜をたっぷりもちよって鍋の中に放り込んでいきました。ソーセージも入っていたかも知れませんね。
美味しそうな鍋料理が出来ました。
めいめい、器を持ち寄って取り分けていきます。小さい器の人には少しだけ、大きな器の人にはたっぷりと、みんなが美味しそうに食べていきます。
兵士達もご相伴にあずかると、みんなが楽しく歌い始めます。
楽しそうな声につられて、王様と大臣も塔の前に集まりました。そして、王様が一声掛けると、それでお城の酒を全部飲んでも良いことになりました。
宴会では、沢山の人が笑っています。
みんなお腹いっぱい、酔っ払ってどんちゃん騒ぎ、それはもう一年のお祭りがいっぺんに来たかのように盛り上がりました。
このお祭りに、春を待っていた動物たちの血も騒ぎます。
冬の間穴蔵にいるリスたちは、埋めておいた木の実を持ち寄り、皆でカリコリカリコリ囓り始めました。鳥たちもチィチィ唄い出します。蛙たちもガァガァガァガァ、犬たちはワフワフ、それはもう大騒ぎの大合唱でした。
「おう、おいら達も負けてらんねえや」
楽士達はそう言って楽器を手に取ると、流行の音楽をお城に響かせ始めました。みんなが一緒に奏でたその音楽の素晴らしさったら、きっと天の国でも聴けないものでしょう。
「誰ぞ、踊れ! いや、踊れるものは皆踊れ! さあ、さあ」
王様も手を叩いて喜びます。
皆が踊り始めると、王様の一人娘も皆の前に進んで出ました。お姫様を見た男達は、皆心臓が破裂するかのようにドキドキして、目も合わせられません。それほど、美しい姫君だったのです。
一人の勇気ある若者が、「ええい、こんな機会はもうないぞ!」と自らを奮い立たせ、姫様の前に進み出ると、「美しいお姫様、どうか私と一曲踊りましょう」と申し出ました。
その勇気ある若者に微笑みかけたお姫様は、「ええ、喜んで」と一言だけ言うと、その手を取って踊り始めました。
二人が幸せな時間を過ごし、その後もずうっと二人で幸せだったのは、きっと神様のご褒美でしょうね。
お祭りは、みんなを元気にします。
もう春が来ないんじゃないかという不安は、みんなのお腹の中から何処かへ飛んで行ってしまいました。美味しいものを食べれば、悩みなんて溶けて消えてしまいますからね。
みんなは思いました。雪景色も風情があるものです。
雪はとても楽しいものです。掬って投げれば遊べるし、山にして穴を開ければ暖かい穴蔵に変わります。けんかをしている人たちだって、一緒に雪兎を作れば仲直りなんて簡単です。
みんなは思いました。冬だって、とても良いものです。
空気はどこまでも見えるように透明で、冬の朝は胸がすくような気持ちになります。
襟をかき寄せ、堪え忍ぶ冬は終わりました。
お祭りが終われば、みんなはこれから楽しい冬を過ごすのです。
笑い声は、春の女王様が来ても、夏の女王様が来ても、それこそこの世が終わるまで、ずうっと続いていくことでしょう。
もうみんなは、どんな季節でも楽しめるのですから。
かわいそうなのは冬の女王様です。
凍り付いた扉を誰かが開けてくれると思ったのに、外ではお祭り騒ぎが始まってしまいました。
「誰か! 誰か! ここを開けてちょうだいな! 私も、ご飯が食べとうございます! 踊りとうございます!」
そう叫び声を上げても、だあれも聞いてはくれません。
扉を叩いた女の子も、お腹いっぱいで寝てしまいましたし、兵士達の耳には笑い声しか聞こえません。
「ああ、ああ、こんなことなら、この塔の中で眠ってしまうのではなかった。朝、しゃんと目を覚ませばよかった。そうすれば、扉が凍り付くこともなかったのに」
そう嘆いても、もう誰にも聞こえませんでした。
「ああ、早く、春の女王様が来てくれないかしら。ここにきて、扉を溶かして開けてくれないかしら」
そう、今この国で誰よりも春が来て欲しいと思っているのは、実は冬の女王様でした。
世の中は上手くいかないものですね。
みんなは、寝坊をしてはいけませんよ。
この話はこれでおしまい! にゃあにゃあ猫がかけていく!




