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向日葵、落書き、恋のあと

 ナツへ。

 元気にしてる?

 久しぶりだね。ずっと連絡もしなかったけど、どうしてる?

 あたしね、ナツにずっと言わなかったことがあるんだ。

 あたし、修のことが好きだった。今更ナツに言っても、仕方ないけど。


 送ったメールの返信は、まだ、返っては来ない。




 坂上修と出会ったのは、高校生の頃のこと。本当はちゃんと覚えてる。

 何となく楽そう、なんて理由で選んだ幽霊部員ばかりの美術部で、結局三年生になるまで一緒に過ごした。静かな美術室。紙面を鉛筆が滑る音だけが響いていて。二人っきりで絵を描く時間が、何より好きだった。

 ちがう。それも嘘。

 ただ、修のことが好きだった。

 下校時刻のチャイムが鳴るたびに迎えに来ていた親友のナツがおんなじように思ってたなんて、ほんとは全然知らずにいたんだ。

 それは、高校三年生の夏の日だった。部活の時間になっても、修は来なくて。一人ぼっちで描き上げたひまわりの絵。君のスケッチブックに描いた落書き。すり減った鉛筆を転がして。君を探しに行ったんだ。

 開け放した窓から入った涼風が、廊下を吹き抜けていく。背中を押されるように向かった教室の片隅で、二人を見つけたんだ。

 ずっと、好きだったの。

 聞こえた言葉。風の温度。逆光の中で君の口元が笑うのを、ひどく鮮明に覚えているんだ。

 その先の君の言葉が何だったのか、あたしは知らない。そっと戻った美術室には、もういられないと思ったんだ。

 心配しなくてもすぐに受験勉強に取り組まなきゃいけない時期が来て、あたしは君に会わなくなった。季節は早送りでもするみたいにあっという間に過ぎて、話もしないまま春になった。

 街を出るんだって聞いたのは、君が出発する前の日だった。突然の電話。君の声はひどく頼りなかった。どうして連絡をくれたのか、聞くこともできなかった。

 見送りに行く決心がついたのは、電車が出る時刻だった。間に合うわけもなくて、お別れの言葉も伝えないまま、あたしは君を忘れないまま、宙ぶらりんの恋が終わったんだ。

 もしも。

 もしもあの時、自分に素直でいられたら。そんな風に時々思う。親友に気を遣ったりしないで、あたしも好きって言えていたらと。

 あの時素直でいられたら、少しは違う今があったのかな。もう、全部過ぎたこと。

 大好きになったデッサンだけが、あたしの思い出の名残だった。




 遠い過去を思い出していたあたしは、携帯の着信音で我に返った。

 待っていた友人からの連絡は、薄情とも彼女らしいとも取れる内容だった。




 ユリ、連絡くれてありがとう。ずっと疎遠になってたから嬉しいよ。

 私は元気だよ。

 報告が遅くなったけど、私、結婚したんだ。よかったら、またごはんでも食べに行こ。

 修も誘ってさ。

 あと、一つ謝りたかったんだ。

 ユリが修のこと好きだったこと、私、知ってたんだ。あの時、教室の外に百合がいたのにも気付いてた。

 百合なら、譲ってくれるだろうなって思ってたんだ。

 怒っていいよ。

 でもね……。

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