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あの変態はなぜパンツを求めるのか?  作者: すなぎも
第一章:三人の変態
1/14

プロローグ:~我らは写真愛好部!~

 俺たちはなぜ女の子のパンツに興味を抱くのだろう。

 それは有史以前から疑問視されて今だに解決されない難題だ。

 エロスという名の妄執に囚われた数多の哲学者たちが競ってこの難題の究明に尽力したが、どれも失敗に終わっている。


 それでも、ある者は言う。「女人のパンツはイデアの体現であり、我々の想像の根源とは、つまるところパンツにある」、と。

 また、ある者は語る。「花園へと至る過程の城壁を越えられず、城壁の外側で涙ぐみながらも、その先に咲き乱れる花々を夢想している内に、いつしか城壁を愛するようになったのだ」、と。

 そして、ある者は名状する。「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」、と。

 一介の高校生である俺は哲学者たちに遠く及ばない頭脳をしているので、何が真意に近しいのかわからない。だが、これだけは理解している。

 いつの時代も、いついかなる時も、俺は女の子のパンツを求め続けるのだ―――!


 「先輩、部長、準備はよろしいですか?」

 山田は今から始まるショー・タイムが楽しみなのだろう、それが声色から窺える。

 「山田くん。私はね、この時を待ちわびていたのだよ? 怠るわけがなかろうて」

 口元を吊り上げて歪な笑みを浮かべる部長。彼の瓶底びんぞこメガネが気味の悪さを光に乗せて反射する。

 「さすが部長、今日も期待してますよ。山田もぬかるなよ」

 「もちろんですよ、先輩」

 「大いに期待したまえ、米倉よねくらくん」

 俺たちは歩を進める。浮き立つ感情を背に、それでも一歩一歩、確実に地面を踏む。

 体育館へと続く長い渡り廊下にも、ようやく終焉が訪れた。最果てでは、固く閉ざされた扉が俺たちの眼前に立ちふさがる。この先には、花も恥らう乙女たちが排球にて戯れるパラダイスがあるのだ。

 部長は取手に手をかけると、

 「さて、諸君。小便はすませたか? 神様にお祈りは?  部屋のスミでシコシコ振るって手慰みにふける準備はOK?」

 「サー・イエッサーであります部長! この日のために箱ティッシュ買いだめしといたであります!」

 「認めたくないものですよね、若さ故の過ちって」

 胸に掲げたカメラを握りしめる。

 戦争だ。今から戦争が始まる。

 はらわたを直に揉みしだかれるような感慨。それにも勝る抗いがたい高揚。俺はこの日のために生きてきたといっても過言ではない。

 「では、行くぞ―――!」

 部長はくぐもった声でつぶやくと、

 外界を遮断する扉が大きな音を響かせて開かれた。



 空気が、止まった。



 女子バレー部員たち全員が動くのを中断し、こちらを見る。

 怪訝そうな視線を送られるのは何を隠そう俺たちに違いない。

 彼女たちは一種の思考停止状態に追い込まれているようだ。

 その頭が回りだしてざわめき始める前に、部長は高らかに宣誓を開始した。

 「やぁやぁ、我らこそは永遠の美しさをフィルムに焼き付ける者!」

 続けて、山田が大音声で宣言。

 「蒸気さかのぼる諸君らの淫らな肢体めがけてこれからシャッターを切る!」

 そしてしんがりを務めるのはこの俺だ。

 「我らは鷺森さぎもり高校、写真愛好部! 君たちくれぐれもフラッシュで目を潰さぬよう注意されたし!」




 「写真愛好部……?」

 「キャプテン! ご存じ、ないのですか!?」

 女バレの副キャプテン飯田いいだが何も知らないキャプテンに滔々と説明を始める。

 「あいつらこそ、いたいけな鷺森高校の女子たちの写真を撮ってはばらまき、男子たちの情欲を煽っている鷺森高校のガン細胞、写真愛好部です!」

 「噂には聞いていたが、本当にそんな下衆な奴らがいたのか」

 「いたもなにも、目の前のそいつらがその俗物どもですよ!」

 飯田の顔がみるみる内に青ざめる。事情通な彼女ならこれから起こる悲惨な出来事を容易に予想できたのだろう。

 それにしてもひどい言われようにガラスのハートが少しだけ傷ついた。あの二人は他の部員たちよりきわどい写真を撮ってやる。

 背後から突風が突き抜ける。夏の暑さを拭う風の心地よさよ。追い風が俺たちを応援しているのなら、全力でそれに応えよう。

 「女子バレー部の皆々様、そろそろ写真を撮りたいのだがよろしいかね」

 「お前ら、ふざけてるのか?」

 「とんでもないであります! 我々はいつも誠心誠意真心を込めてどぎつい写真を撮って―――」

 「あんたには話していない。あたしはそこの瓶底メガネに話してるんだ。それに、あんた女だろう。どうしてこんな下劣な奴らと手を組んでるんだ?」

 「不肖、山田めは女の子がだぁいすきなんでありますよ!」

 「同じ穴のムジナかよ……さもしい女だ」

 「キャプテン、言っとくが我々は本気だ。さっき山田くんがさっき『真心』と言ったね? 写真とは、真に撮りたいものを心に込めてフィルムに焼き写すものだと私は思うのだよ。だから、我々は全力で君たちの写真を撮る」

 「詭弁だろ、そんなもん」

 「この世に詭弁に勝る論理があるなら知りたいものだよ」

 「また御託を並べる」

 「甲斐性なもんでね」

 「まぁお前がそう思うんならそうなんだろうよ、お前ん中ではな。いいぜ、テメェらがあたしらの写真を撮ろうってなら、

まずはそのカメラをぶち壊す」

 それを聞いた被写体たちは地面に転がるボールを拾い、キャプテンを軸にして横一列に並んだ。

 女子バレー部員たちは右腕を引き、左手にバレーボールを添える。サーブの構え。

 彼女たちの瞳には殺気ともとれる灼熱の業火が宿っていた。

 くる!

 「てぇ――――――――――!」

 キャプテンが、叫ぶ。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

 女バレ部員たちはボールを空中に浮かべると、落ちてきた球を右手で勢いよく弾いた。

 鷺森中のガン細胞を仕留めるために音速を超えそうな速さでボールが飛ぶ。

 だが、すでに射線上には忌むべき写真愛好部の姿はない。

 部長は腰を限界まで低くしながら豪速球に向かって突っ走り、ボールは部長の体をかすめて後方へと吸い込まれる。

 一方、山田は恐るべき身体能力を生かし剛球を高く跳んでかわした。

 「なっ……!」

 キャプテンが驚くのも無理はない。部長の俊敏さ、山田の跳躍力。とても高校生のものとは、いや、「人」のものとは思われない。

 なぜなら、我々は変態――――――――――そう、「変態」なのだ。

 この世界で常軌を逸した性的趣向を持ち合わせたものは、それとともに人智を超えた能力を手にすることができる。であるからして部長は並々ならぬ俊敏さ、山田は卓越した跳躍力を身につけているのだ。もっとも、「変態」はみな常人離れした身体能力を有するために、山田も部長もまだ能力は開放していない。自身の身体能力だけでボールをすべて避けきっているのだ。

 「くそっ、ケダモノめ。総員、急いでボールを拾え! そして打て! 奴らの肉をそぎ、骨を砕くんだ!」

 「はい、キャプテン!」

 しかし欲をむきだしにした動物は理性に縛られる人間よりも素早い。

 「なんと淫妖な!」

 球を拾おうとかがむ部員たちの胸元やブラチラを逃すほど部長は甘くないのだ。

 ファインダー越しに刮目する妖美なアングルにシャッターを切ると、強烈なフラッシュがたかれる。

 「いやぁ!」

 「ちょ、バカ、やめろ!」

 やめろと言われてやめるバカがどこにいるのか。

 部長は常々そう言っていた。

 断続的に輝く部長のカメラに部員たちは一瞬だけ気を取られる。

 山田はその隙を狙っていた。

 「えへぇ……いやぁ、たまらないですねぇ」

 顔をほんのりと赤らめて山田は部員たちのうなじを激写する。

 「変態!」

 部員たちはもはやボールを投げつけるだけとなったが、とにかく部長と山田には当たりはしない。

 背後から球を投げつけてやってもひらりひらりとかわされる。四方八方を囲ってみても避けられる。

 野獣たちに翻弄されるだけで、部員たちはカメラの毒牙に次々と侵されていった。

 気がつけば、フィルムに焼きつけていない被写体は、キャプテンと副キャプテンを残すのみとなった。

 「キャプテンのいたいけな体は、私が守る!」

 「どけ、飯田。あたしがあのクズどもを根絶やしにしてくれる」

 「いいえ、させません! 総員、キャプテンの前に集まって奴らを近づけさせるな!」

 肩と肩を組み合って部員たちは防衛戦を張る。

 キャプテンの前には壁となって主を守ろうとする部員たちの姿があった。

 「おやおや? どうしたキャプテン。そんなに我々が怖いのかね」

 「貴様らを恐れるわけがないだろう……!」

 「だ、ダメですキャプテン! あいつらの前に飛び出したら、それこそヤツらの思うツボですよ!」

 「その安い挑発にのってやろうじゃないか」

 「キャプテン、落ち着いてください!」

 「飯田くん、君の判断は実に賢明だが、一つミスを見落としてるよ」

 「えっ?」

 「なんだと?」

 「防衛戦を張るなら、私と山田くんの前だけではなく、キャプテンを囲うように張らなくてはね」

 「ェへへへ……勝負あり、でありますね」

 山田が清々しいほどの笑顔を浮かべる。勝利を確信した者だけにできるいい顔だ。

 「あいつらはいったい何を言ってるんだ?」

 「さっぱりわかりません」

 『あの、キャプテン』

 「どうした」

 キャプテンは後ろを振り向いた。


 ここで少しだけ話を脱線しよう。

 あるところに、かくれんぼで誰にも見つけてもらえず一人ぼっちで帰宅する男の子がいた。その子は別にいじめられているわけではないと思うが、みんなからよく存在を忘れられてしまうのだ。

 彼は修学旅行に行けば班行動中にいなくなっても問題にされず、中学校の卒業式でトイレから出てくると同級生たちがクラスメイトたちが集合写真を撮っていたのを目撃し、嘆き悲しんだ。

 そして悲しみの果て、彼は悟った。

 ――――――――――自分が「空気」であることに。 

 現代の透明人間とでもいえばよかろうか。

 影の薄い。

 存在感のない。

 全くもって目立たない。


 それが俺だ。


 「お前、いつの間に……!」

 そう、俺もまさしく部長や山田と同様に「変態」であった。


 最初のきっかけは、インスタントカメラで偶然にも撮った春風の舞いおこした奇跡であった。俺は小学校のときから写真を撮るのが好きで、年がら年中写真を撮りまくっていた。その噂に興味をもったある一人の女子――――――――――俺の好きだった女の子に「写真を撮って」と頼まれた。断る理由はなにもない。俺はその子の写真を校外の川べりで一枚だけ撮ることになった。そのときのことは今でも忘れられない。シャッターを切ったまさにその瞬間、その子のスカートがふわりと浮いてパンツがフィルムに焼きついた。

 それからである。現像したフィルムを見て、俺は「変態」になった。写真越しの女子にしか興奮できない――――――――――正確には、写真越しの女の子のパンツにしか欲情できない――――――――――薄汚い「変態」に。それから俺は「空気」になれる能力を身につけてしまったのだった。

 なぜ「空気」になる能力を身につけてしまったのかは、皆目検討かいもくけんとうもつかない。おそらく「空気」になることによって女の子を激写するという願いが俺のどこかにあって、それが具現化ぐげんかしたのであろう。しかしそれは「変態」に共通するできごとなので、さしあたり気にしなくてもよい。

 それよりも、注意していれば俺の姿は誰からも見えるはずなのだ。しかし「空気」になった俺は常人からしてみれば、いわば「透明人間」のごとく薄い存在となる。


 今、俺は『あの、キャプテン』と声をかけた。際立った行動をしない限りは「空気」であり「透明人間」であり続けられるのだが、俺自身が声を発したり音を立てたりすると俺は常人にも見えるようになる。

 だからキャプテンは今の俺を可視できるのであり、その顔には焦燥と煮えたぎる怒りがシワとともに刻まれていた。

 「クソッタレ……!」

 振り向きざまのキャプテンのたわわと揺れる豊かな胸。

 「シャッターチャンスだ!」

 カメラから瞬く閃光。

 「キャプテンうち撮ったり!」

 「よくやった、米倉くん」

 「先輩、さすがです!」

 「きゃ、キャプテン! よくも……よくもよくもキャプテンを! あいつのカメラをぶっ壊せぇ!」

 防衛線は瓦解し、部員たちは主将を汚されたという思いを胸に、全力を持って俺のカメラを狙っている。非常にマズイ状況だ。

 しかし、それこそがまさに狙い目でもあったのだ。

 「飯田くん、私を忘れてもらっては困る」

 「へっ!?」

 崩れ去った防衛線を越えて、部長は副キャプテン飯田の前に躍り出る。

 「いただき!」

 「あっ! こっの!」

 部長のカメラから曙光がもれた。

 「山田くん、米倉くん、急いでここから脱出するぞ」

 「了解であります!」

 「はい!」

 風のように俺たちは女バレ部員たちの合間をすり抜ける。

 「逃がすか、追え!」

 こうしてまた俺たちの逃走劇がはじまった。

ルビの振り方がちょいとわかりませんでした……。すいません。



追記:IEで表示するとルビがふられるっぽいです。

   ただどっちにしろ……読みづらい!

   なんだかもう本当にすいません。

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