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死神少女の図書館  作者: 黒いもふもふ
あなたは図書館へ迷い込む
12/15

新たなアルファー

ゴポゴポと水の音がする。

遠い意識の中で微かに動く手足をバタつかせれば、水を掻いているような重たさを感じた。

あれ、何でここにいるんだっけ?

疑問を感じる前に何かをしていた気がしなく、どうしてここに今居るのかが分からない。

これが記憶喪失と言うやつなのだろうか。

声を発しようと口を開閉しても入って来るのは水ばかり。

誰か、誰か居ないの?

どう言う訳か苦しくはないけれど、それでも恐怖とは感じる訳で。

怖い、怖いよぉ…誰かぁ!

泣きたいのに瞑った目からは一滴とも零れ落ちてはくれない。

こんな恐怖がいつまでも続くのだろうか、そう諦めかけた時だった。


「 おや、起きたのかい」


どこからかしたそんな気だるげな声。

恐る恐る目を開くと、目の前には妙齢の女がいつの間にか立っていた。

ボサボサな肩までの茶色の髪に、古めかしい丸眼鏡。身に着けている白衣はいつ洗ったのか、シワがとても目立つ。

トロンと目尻の下がった目で見つめられると、妙に気恥ずかしい。


「 それにしてもまぁ、良い出来だね」


良い出来?

何がだろうか。


「 あの変態ジジイの趣味ってのが気に食わないけど。」


ねぇ何が?

そう問いたいのに声は出せない。

自分の理解出来ない所で話を進められる事がこんなにも焦るものだとは思わなかった。

そんな焦りや未知への恐怖が顔に出たのだろうか、女は眉を下げると溜息を吐く。


「 そんな心配する事ないさ。アンタはなんせラッキーな子だからね。」


そんな言葉と共にパラリと開かれたのは、青いファイル。何が書いてあるのかはさっぱり見えないが、何故か胸がギュッと苦しくなった。

一体そのファイルは何なのか。

そもそもこの女は何者なのか。

そんな疑問が頭に過るものの、それを解決する術はない。

やがて後半辺りでページを捲るその手は止まり、女は満足気に頷いた。


「 ある御曹司に引き取られるとさ。イイねぇ、金持ちの子になるなんてさぁ」


金持ちの子?

この女は何を言っているのだろうか、全く理解する事が出来ない。


「 人工妊娠計画、その名もチェルド計画。チェルド・マッカーソンが発明した人工的に機械で赤子を作り出す、素晴らしい計画さ。なんせ今のご時世子供が少ないからねぇ、機械に子供を産ませようって事なんだよ……って赤子相手にアタシは何喋ってるんだかね。きっとアンタは後数時間すれば外に出られるさ。それじゃあ健闘を祈るよ」


ヒラヒラと手を振って去って行く女。

何だかとても重要な事を聞いてしまったような気がする。

唖然とし、混乱する頭はグルグルと思考の渦を巻いていた。

人工妊娠計画、チェルド計画。

チェルド・マッカーソン。

それが冗談で笑い飛ばせる物であれば、どれだけ良いか。だがこの状況を説明するのにはその計画とやらが一番現実味のある話なのだ。

あの女の話を全て信じる訳ではないが、頭には留めておいた方がいいだろう。


さて、どうしたものか。

何かないだろうかと開いた瞳で辺りも見渡すも、ここは個室のように狭い部屋のようで何もない。

思わず舌打ちをしたくなった。

…出来ないのだが。

この部屋の壁、壊せないかな?

そんなズレた案が出て来る程に、この状況は自分にとって宜しくないのだ。

フンッと息を吐いて…は無理だが、気合を入れて拳を前に突き出す。と言っても体があまり動かないので、そんなに勢いは無い。

だが収穫はあったようだ。

ペチンと軽い音がして、拳は何かに当たった。その何かは見えないからガラスか何かかもしれない。

あれ?もしかしたらコレ、行けるんじゃない?


そう思っていた時期がありました。

殴る殴る殴る休憩、殴る殴る殴る…。

そんな繰り返しに飽きて来た頃、先程の女はどこからともなくやって来た。


「 アンタ何やってだい!?怪我でもしたらコッチが困るんだよ!」


女が手元の端末を操作したかと思うと、パカッ、プシューッと言う何かが開く音と共に、部屋の水はドンドン減っていった。

やったね!

水位が首まで来た時、大きく息を吸って思わず咳き込みそうになったが、それよりも言わないといけない事があるのだ。


「 あぅあっーー!あぁうっーー!」

「 何を言いたいのかイマイチ分かんないけどね。あらよっと!」

「 ほぎゃぁぁぁあああっ!!?」

「 煩いよ!静かにしな!」


文句を言おうと口を開いて出た赤子の声に驚いていると、女に注射を刺された。

結構太かったし、痛かったよ。




「 予定通りに、L08とM156でお子様は無事作成されましたぞ」

「 そうか。では、約束通りの金だ」

「 フォッフォッフォ、一、二…約束通り二億ありますな」


机に置かれたアタッシュケースを開けて、その金額に思わず顔がニヤけた。チラリとそれから目線を上げ、顎に生えた髭を撫でながら目の前の客を見る。

茶色に近い黒色の髪に小ジワが目立つも端整な顔立ち。

勿論二億を出せる程なので、相当な地位にいる男だ。

そんな人物が今回の客だった。


「 しかし、子供が産まれないと大変ですなぁ」

「 フンッ、よく言う。それで稼いでいるのだろう」

「 フォッフォッフォ!…ところで、人造つまりアルファーである事は…」

「 もう手を回してある。誰も跡取りである息子がアルファーだとは思わんさ」


人工妊娠計画によって造られた赤子、つまりアルファーには純粋な人間でないからこそ、様々な不利が働く。その為大体の者はそれを隠したがるのだ。


「 流石ですな。それから、何か異常が見つかれば来てください。診ますので」

「 あぁ、分かった」

「 アルファーには睡眠薬を打ってあります。そのまま連れて行って構いませんぞ」

「 うむ」


そしてその返答を最後に、男は客間から廊下へと消えた。


「 全く、難儀な世の中になったもんだのぉ」


そんな老人の呟きを残して。




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