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死神少女の図書館  作者: 黒いもふもふ
あなたは図書館へ迷い込む
10/15

羽ばたいた老人

この世に生を受け、小学生の頃に近所の年上のお姉さんに初恋をした。

けれどそのまま結局告白出来ずに中学、高校と上がって行ったんだったな。

高校二年生の時に、弟の行っていた幼稚園である女性に一目惚れしてからは人生バラ色だった。

彼女を見た瞬間、恥ずかしくなって逃げたのはいい思い出だ。


その後は高校を卒業して無事就職。

お金をコツコツ貯めて彼女と結婚すると三人の子供を授かり、とても幸せな新婚生活になった。

一人目の子供にデレデレし過ぎていたら彼女、つまり妻に頭を叩かれたのも覚えてる。

定年退職した後は妻と自給自足の隠居生活もしたな。


そして去年妻が他界し、今月から自分は介護施設へ。


とても平凡的で有り触れた八十数年の人生。

妻が他界し、娘や息子達が自立した今。

子供達の結婚式も見、孫をこの腕で抱いた今。

何も思い残す事はない。

強いて言うならば、「野球選手になる」と言う小さい頃からの夢を実現出来なかったくらいだろうか。


今まで沢山笑ったし、男なのに情けなく泣く事もあった。

特に自分や子供達の結婚式では泣いた。


キコキコと音を立て、車椅子を押すと窓際に近寄る。

もうどれくらいからだろうか。

両脚が不自由になった当初は本当に大変で、皆に迷惑を掛けてしまった。

今では慣れてしまったが。


窓から光がさして、彼を照らす。

この青空のように、最後は鮮やかに逝きたいものだ。

自然とそう思える快晴であった。

ふと窓に人影が映り、介護の先生だろうかと後ろをゆっくり振り向いた。

しかし、そこにいたのは一人の少女だ。


「 貴方、死ぬの?」


少女にそう言われる程、自分は弱々しく見えるのか。

自嘲の笑いを僅かに浮かべる。


「 もう、永くはないのは確かだ」

「 死にたいの?」

「 今なら死んでも構わんさ。思い残す事は何もない」


その答えは予想していなかったのか、目を見開く少女。

そして目を伏せると手元に持っていた本を開いた。


「 そうなの…。なら、生きた証拠を残してみないかしら?」


どうやって?

そんな疑問は残るものの、確かに生きた証拠を残しておくのもいいかもしれない。

少し考えて、首を縦に振った。


「 ……出来るなら」




それから数時間後、独り身の老人はある街の階段のある段数から車椅子ごと転げ落ち、頭を打って亡くなった。


それなのに、その表情はとても安らかなものだったと言う。




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