looking for the rainbow
雨音が聞こえた気がした。
そっと上体を起こして、薄く窓のカーテンを捲くる。寝台脇の窓から覗けば、やはり細い雨が降っていた。朝はまだ早い。小さく息を吐いて、音を立てないよう気をつけながら再びベッドに身を戻す。
秋雨を見ると思い出す。昔、虹を探しに行った事を。
幼い私にとって、虹はわくわくするもの、幸福なもの、素敵なもの全ての象徴だった。
だから間近に迫ったお別れが嫌で嫌でたまらなくなった時、私たちは虹を探しに出かけたのだ。
私には大切な幼馴染が居た。
少し年を経ると男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で別れて遊ぶようになるものだけれど、私と彼は仲良しのままだった。いつも一緒だった。
けれどその子が急に越してしまう事になった。
別れたくなくて、離れたくなくて、丁度こんな秋雨の日に、朝早くふたりで家を抜け出した。
雨が止んだらきっとかかる、虹を探しに。
公園を抜けて商店街を突っ切って、駅を越えて町を出て、遠く遠くどこまでも遠く。ふたり手を繋いで。
けれど、結局は子供の足だった。随分遠くまで歩いた気がしたのに、夕暮の前にはそれぞれの親に見つかって、揃ってひどく叱られた。その頃には雨も上がっていたけれど、虹はかかりはしなかった。
数日後、予定通りに彼は遠くへと越してしまって、私はしばらくを泣いて過ごした。
子供は嫌だと思った。
早く大きくなりたかった。早く大人になりたかった。どうしようもない事をどうにかしたくて。
でも。
寝転んだまま天井へ手を伸ばす。指を広げる。
私の手のひらは、随分大きくなった。でも代わりに、色んなものを落っことしてしまったような気もする。
「どうした?」
隣から、静かな声。
起こさないように気をつけていたつもりだけれど、眠りの浅い彼はいつの間にか目を覚ましていたようだった。
「ううん、なんでもない」
私は頭を振る。さらさらと髪が衣擦れを立てる。そっと抱き寄せられた。
「ね」
「ん?」
「雨が降ってる」
「そうだな」
触れ合う素肌のぬくもり。撫でられた髪が心地良くて、私はうっとり目を閉じる。
「止んだら、虹を探しに行かない?」
彼の胸へ額を寄せながら囁く。
誰とも分け合わないでいい。今このひとは、私だけのもの。
「あの時みたいに、か?」
「うん」
「判った」
なんとない感傷を面倒がりもせず、彼は微笑んで頷いてくれた。
思う。
そんなところを好きになったのだろう、と。
このひとを好きになってよかった、と。
「でも秋雨は長雨だ。止むまで、もう少し眠ろう」
「うん」
交わすくちづけ。包みこむような雨の音。
本当は探しに行くまでもない。
私の虹は、ここに在る。