ステファニー
少し話は飛ぶが、あれから修道院を仕切っていた2匹のタヌキこと、司祭長のモンタヌスとマルキオンの悪事は暴かれ、その2匹のタヌキを可愛がってやがった、ゲス野郎の監督司教エピオンも共々に処刑されたんだ。悪事ってのは必ず暴かれるモンだよな。それにあの時、もし俺と木陰のブタ箱の面々が諦めちまってたら、今も幾多の修道女があいつらの餌食にされちまってたんろうな…。
ふっ…
考えるだけでゾッとするぜ…。
だがな。俺も男さ。
実はかく言う俺も、ステファニーという1人の修道女に惚れちまってたんだな。だからステファニーにだけは、2匹のタヌキ野郎や手下どもごときには、絶対に手を出させたくなかったんだ。そんな俺のちっぽけな恋心が、まさかあんな風に事件を巻き起こす事になろうとはな…。
ステファニーは、両親が心の病だか何だかで、まだ幼い頃から修道女に預けられたらしいんだ。この木陰の修道院には数ヵ月前に転院になったんだが、俺とは話があれこれ合ったみたいだったな。ある時、朝の奉仕で一緒になった時から、ステファニーが疑問に思った事は、何でもあれこれと俺に聞いて来たっけな。それから一緒に奉仕をしてみたり、ミサの聖務を分担してみたり、図書館で聖典の研究をしてみたり…。時々出てくる天然な不思議ちゃんぶりに、俺も少しづつ気持ちがステファニーに傾いちまったって訳さ。
そんな可愛らしくも、まだあどけなさが残るステファニーに、当然目をつけていた奴等はいやがったさ。それが特にタヌキの手下の修道士たちに多かったのさ。だから俺は、なるべく奴等をステファニーに近付けない様にしてたんだが…。
そもそも、普通は単なる修道女に過ぎない身分の存在が、修道院を転院してくるなんてあり得ねぇ話なんだ。
ステファニー「え~と…。確か司祭長のモンタヌス様が、更なる修練をして祝福をされる必要がある…とかおっしゃってました。で、私も、もちろん祝福を更にされたいじゃないですか。それでお導きなら…と思ってこちらへ転院になりました。」
俺「君がそれまで居た場所でも、主にあって一生懸命励むんだったら、そこで更に大きな祝福があるはずだぜ、ステファニー。」
ステファニー「でも、この木陰の修道院って、来てみたかったんです。司祭様みたいに優しくて素敵な方にも、主は出会わせて下さいましたから。」
俺「よく言うぜ…。」
ステファニー「えっへへ…。」
どうもおかしい、と思って本人にそれとなく探りを入れてみたら案の定だ。その後あれこれ調べて解ったんだが、これも2匹のタヌキが親玉のエピオンに頼み込んで実現したことだったんだとさ…。逃げようとして捕まった、マーサやイザベラも、同じ様な"口説き文句"でここへ連れて来られたんだったな…。タヌキの卑猥な誘いを断り抵抗をするものなら、このブタ箱に入れられちまい、そのうち魔女狩りと称された火やぶりの刑に処される…。
今考えたって、ゾッとするぜ…!
あいつらエピオンを含んだタヌキ3匹の、自分勝手な性欲の対象になっちまったが為に、あれこれ美辞甘言で無理やり転院させられ、抵抗すれば魔女と称され命が絶たれちまだと?
汚すぎる話だぜ…。
これ以上、修道女たちをそんな目に遭わせる訳には行かねぇって、ずっと作戦を考えていた俺さ。だからタヌキ3匹と、その甘い汁を吸おうとした手下たちに目を付けられる様になったのは当然って訳さ。
そんな俺の耳に、ステファニーが次の日の夜に、タヌキ2匹に呼ばれたと教えてくれた。俺はステファニーに、必ず俺を連れて行け、と言ったんだ。
ステファニー「え? 司祭様、たしかモンタヌス様もマルキオン様も独りで来る様に、とおっしゃっていました。何でも大切な儀式をしなくてはいけないのだそうで…」
俺「大切な儀式に、司祭の俺が一緒に立ち会っていけない訳がないだろう? 俺はステファニーのその大切な儀式に、ちゃーんと顔を出したいだけのコトさ。」
ステファニー「…そうですよね。夜中に女1人で来い、だなんて。それに司祭様には、何だか立ち会って頂きたい気持ちです。」
そして俺が、ステファニーと一緒にタヌキ2匹の部屋を訪ねて、あの脱走事件が起きちまったって訳さ。。
今でも思い出すよなぁ。あン時の2匹のタヌキの青ざめた顔を…
俺「笑わせてくれるぜっ!儀式なのに裸かよ!」
…と、思い出に囚われていた俺が、思わず発したその声に、鳥たちが慌てて飛び去る音や、子リスたちが驚いて逃げ去る音を、静かだった森に響かせちまった…。
…いっけねぇ。
俺はやっと我に帰ったみたいだ。
随分と思い出ン中に深く入り込んでたんだな…。
自分が森の中を歩いてたことにようやく気がついたんだが、半ば無意識にここまで来ちまってたみてぇだな…。目の前には、かつて俺もぶち込まれていた木陰の懲罰房があったんだ。
さて、遅すぎるかもしれない探し物を始めるとするか…。
ステファニーがあの時落としちまった大切な十字架…。
クレメンスが隠してあった、当時肌身離さず持ってた聖典…
ミゲルが付けていた腕輪…
俺はそいつらを探しに来たって訳さ。
クレメンスやミゲルは、異端者や反逆者だったが改心した、と公文書に残されちまっている。しかし事実はそうじゃねぇ。
ステファニーは混乱を与えた、なんて記録に残されているが、事実はそうじゃねぇ。
ちっぽけな真実を掴む手掛かりを、何とか見つけたいと思ったのさ。