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木陰の懲罰房

俺が今向かっているのは、その修道院の苦い思い出と歴史が封印されている場所さ。木陰のブタ箱なんて呼ばれちまった、懲罰房って建物さ。そこに俺はぶち込まれちまった。いや、別に俺は悪事を働いた訳じゃねぇんだ。むしろ悪事を働いていたのは、その当時のあいつらだったな…。


俺「そんな汚ねぇやり方があるかよっ! 人様に綺麗に生きろって教えながら、てめぇらが…」

モンタヌス「黙れ!このきつねが!」

俺「これが黙れるかよっ!てめぇらこそきつねだろうがよっ! 何人もの修道女を騙くらかしやがって、化けるのがうめぇことったらねぇや!」

モンタヌス「貴様……!!」


あン時の俺は、思いっ切り怒りまくってたな…。そいつら、モンタヌスにマルキオンは、胴回りもデカかったから、きつねじゃなくタヌキとまで言ってやったっけな…。

マルキオン「お前は誰のお陰で司祭に叙階出来たと思っとるのだ? エピオン枢機卿に…」

俺「うるせぇ!! 俺が司祭になれたのはな、主のお導き以外にねぇんだよっ!」

マルキオン「ふんっ、この恩知らずが…。」

俺「てめぇこそ主への恩を忘れてやがらぁ。笑わせてくれるぜ!」

マルキオン「モンタヌス殿、やはりこやつには、この聖なる職にはふさわしくないのは明確ですな。」

モンタヌス「如何にも。エピオン様に許可を得て、この者を火に掛けてやろう。司祭たる者が、下賊な魔女たちと同じ形で見せしめにとは…、最高の処刑方だな。」

俺「そうやって抵抗する修道女を何人火に掛けたんだよっ!」

モンタヌス「お前は死ぬ事が怖くないのか?おとなしくしていれば…」

俺「へっ!何が聖なる職だってのさっ! たぬき2匹の分際で笑わせんじゃねぇぜ! 修道女たちに好き勝手に手を出し、挙句に抵抗したら魔女呼ばわりして殺しておきながら、それで聖職ヅラかよっ! ふっ…てめぇらこそ地獄の火に焼かれるぜ。聖職に向いてねぇのはてめぇ…」

モンタヌス「ええい、黙れっ!」

…さすがに2匹のタヌキはおかんむりみたいだったな…。俺はモンタヌスの力任せの拳をもろに喰らい、その場にうずくまっちまった…。そこにマルキオンも、これまた力任せに何度も蹴りを入れて来やがった…。

マルキオン「大人しくするがいい、きつねよ。」

俺「…く…そ…」

全身に激痛が走っていた。

構う事なくこいつらに、拳の幾つもをお見舞いしとけば良かったんだが、モンタヌスがこめかみを力任せに殴って来やがったモンだから、目眩がして抵抗する気力を一気に失っちまった…。急所を一撃やられたその後、腹に一撃、背中を何度も棒で叩かれる始末さ…。完全に油断しちまった悔しさと相成って、痛みが倍増しやがる。そこに、こいつら偽善者に対する怒りが……。言葉が出せる余裕なんかなかったな…。


全身に激痛を抱えた俺は、タヌキの手下に抱えられて、気が付くと修道院から少し離れた場所にある懲罰房にぶち込まれちまってた…。懲罰房って言い方が正しいんだが、俺たちは「木陰のブタ箱」って呼んでたな。ここにぶち込まれた奴等は、二度と日の目を見る事はねぇとも言われてたぜ…。


だが、俺は出れちまったんだ。今夜こうして探し物をしているのも、それまで何度も踏ん切りが付かず、ただコーヒーを飲みに、駅までやって来てたのも、木陰のブタ箱を出れたからさ。

他にも、あの「木陰のブタ箱」を出れた仲間たちがいる。俺と同じく、あの2匹のタヌキ野郎と、それに組してた奴等に真っ向から逆らった勇気ある面々さ。修道院には100人近くがいたが、こっちは10人足らずさ。まぁ多勢に無勢ってトコだよな。もっともあの当時、タヌキ2匹に逆えずに悶々としてた奴等もいたが、どいつもこいつも俺みたいな真似はしなかったのさ…。


そんなブタ箱に、当時聖職者をやってたこの俺がぶち込まれて来たモンだから、そこに居た奴らが皆驚いたのなんのって…。

*「な!?なぜ司祭様が!? 空腹ゆえに…ついに私は幻覚を見始めたというのか!」

俺「いや…幻覚じゃないさ、アンタレス。俺だよ。それに俺は、あんたが横流しなんかしてない事を知ってるさ。」

アンタレス「何ですと!?」

…彼は厨房を預かっていた。だがある晩から急にアンタレスを見かけなくなった。ミサに使うぶどう酒を勝手に横領しただなんて理由が付けられたが、アンタレスは酒を飲めねぇ。こいつは怪しい…と思って調べてやったら、案の定でっち上げられた話だったって訳さ。実際のところは、アンタレスがタヌキに近い手下数人修道女を強姦したのを見ちまった…。それに心を痛め教皇庁に極秘で手紙を書き、毎日来ている郵便配達に極秘で渡そうとしたのが見付かっちまった…。


実はな…

俺もこの木陰の修道院にまつわる良からぬ噂を、赴任される前にちょこっとだけ聞いてたんだ。最初は異端者の戯言ぐらいに思ってたんだが、まさかこれが本当で、ここまで目も当てられねぇ位にまでひでぇとは思わなかったさ。だが修道士のどいつもこいつもが、タヌキ2匹にここにぶちこまれるのを恐れ、見て見ぬフリさ。


異端者…

この木陰のブタ箱に入れられた面々は、後生そうやって呼ばれちまう。だが歴史をちゃんと紐解いてやりゃあ、人を異端者たと決めつけたてめぇらが実は異端者だって事もあるモンだ。俺は今は異端者なんてレッテルを貼られずに済んでいるが…。


*「司祭様…、あなたも…なのですか?」

とても熱心な修道士と噂だったクレメンスが、すっかり力なく俺に語り掛けてきた。

俺もなのかって…?

俺「ああそうさ。俺もさ。俺もクレメンスと同じく、あのザマに心が痛んで仕方ねぇぜ。戒律を破ったのは、あのタヌキ野郎といい気になってる連中だろうが…。 クレメンス、お前はシロだよ。異端者なんかじゃない。」

クレメンス「主よ…。真実を…。」


ある日クレメンスは、月に数度巡回して来る教皇庁の人に、この修道院のイカレちまったザマを伝えようとしたんだが、これまたタヌキの手下に見付かり、戒律を破ったなんて勝手な理由をこじつけられ、異端者とレッテルを貼られた上に、口封じにぶち込まれちまったんだ…。


*「フン! こいつ以外にもいい気になってた奴等はワンサカいるんだろっ! そのうちワンサカてめぇみたいな汚ねぇ聖職野郎がぶち込まれて来るのさっ!

てめぇはその1番目だろうがよっ!」

俺「相変わらずだな…ファリス。俺も聖職を汚した奴等に耐え切れなくなったのさ…。それにファリス…、俺はお前が濡れ衣を着せられたのを知ってるぜ…。」

ファリス「な、なんだと…?」

この娘なんかもっとひでぇ。タヌキ2匹の両方に、一緒に寝る様に迫られたらしいんだが、力一杯抵抗して怪我をさせたのさ。ファリスのこのハネカエリな性格が自分の身を最悪な状況から守ったと言えるが、怪我をさせたと来ちゃあ、濡れ衣を着せやすくもある。それで何だかんだ無茶な理由を付けて、ブタ箱行きにされちまった訳だ。だが当時、ファリスは修道女達から、尊敬の目で見られてたな…。


他にここにぶち込まれたのは、修道院から脱走しようとしたマーサ、イサベラ、ニール。脱走された挙げ句に、この修道院の悲惨な状況が外に流れたりすりゃ、タヌキたちにはすこぶる都合が悪い。だから脱走者はぶち込まれる他に選択肢はないんだが、中にはタヌキたちに命乞いをして、奴らの言いなりになっちまった修道女もいるって聞いたな。

他に、修行の出来が悪い、という不可解なレッテルを貼られたミゲル、アイシャ、アザリア。ミゲルの腕っぷしは間違いないし、実はミゲルも俺と同じく、以前から2匹のタヌキを疑っていたらしいんだ。何かにつけてタヌキたちと口論をしていたのを思い出すぜ。

アイシャとアザリアは仲のいい夫婦だったが、それがタヌキ2匹には特に鼻についたらしいな…。


俺「不条理も、ここまで来りゃあ大したモンだぜ…。」

思わず口から出ちまった独り言に、ミゲルが反応しやがった…

ミゲル「ちげぇねぇ。ハッハッハッ…!」

俺「ハッハッハッハ…!」

俺もミゲルに釣られ、大声で笑っちまったぜ。それまでミゲルとはあまり話をしなかったが、こン時からだな…仲良くなっちまったのは…。ミゲルとは今でも、時々会って仲良くさせてもらっているんだ。


さてと…。

思い出をたどりながら歩いている内に、俺は木陰のブタ箱がある分かれ道に着いた訳だが、以前はこの道の奥から重苦しい雰囲気が漂って来やがってたが、今は全然無くなっちまってるぜ…。景色はあの頃と変わらないが、今は木陰の懲罰房…いやブタ箱としてあの建物が使われてねぇってコトは、誰でもここに立ってみりゃあすぐ解る位に雰囲気が変わってやがった。


ああそうさ。

変わってくれてた方がいいんだ。

木陰の奥で綴られていたあんな日々は、もう二度と戻ってきちゃあいけねぇンだよ。

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