今後の指標
それから数日後、いよいよ高等学校入学を迎える。
それにしても誤算だった。
「まさか、厨房を使えないとは」
王城の厨房を訪ねたのは良いものの、あちらが恐慌状態になってしまった。
おそらく、料理の文句でも言われると思ったのだろう。
流石に借りることは諦めて退散したのだが。
「こうなると、別の手を考えるしかないか?」
「ご主人様、おはようございます」
すると、屋根からアンナが降ってきた。
びっくりしたが、どうにか堪える。
そして……突っ込んだら負けな気がするから我慢だ。
「ああ、おはよう」
「むっ、流石に動じませんね」
「ふっ、まあな。それより、何かあったか?」
「ご報告に参りました」
どうやら、俺が依頼したことを完遂したらしい。
リオンは怠惰で傲慢で癇癪持ちだ。
なのでアンナは中途半端なことはせずに、常に目的を果たしてから報告に来る。
「よし、聞こう。それで、首尾はどうなってる?」
「はい、まずは予想通り動こうとした貴族達がいました。幸いにして、ご主人様にすり寄っていた派閥の者達はすねに傷を持つ者が多かったです。なので、それを材料に脅しをかけましたので」
「そうか、よくやってくれた」
俺に擦り寄る派閥とは、国王陛下やユーリス兄上から敬遠されてる者達だ。
そいつらは国益を考えず、自分の利益しか考えない。
それこそ、犯罪一歩手前のことなどは日常茶飯事だ。
引き続き旨味を吸うため、御し易い俺を王位につけようと暗躍していたのだろう。
「あ、ありがとうございます……」
「ん? どうかしたか?」
「いえ、お礼を言われることなどなかったので……あっ! 別に良いんですけどね!」
両手を顔の前でバタバタさせ、珍しく慌てた様子を見せる。
そうか、以前のリオンならお礼は言わないか。
どうも日本人としての記憶があると、謝罪とお礼は言ってしまう傾向があるな。
一応、王族だし気をつけないとか?
……いや、これも変わったと示す良い機会か。
「なるほど、これからは言うとしよう。アンナには、いつも感謝してるさ」
「……本当に大丈夫ですか? 病院とか行きます?」
「真剣に頭の心配をするんじゃない」
まあ、これも身から出た錆だろう。
破滅はしたくないので、イメージ回復に努めて行かねば。
そう決心した俺は、馬車で学校へと向かうのだった。
◇
馬車の中で、不穏分子なり得る学生リストを見ながら移動する。
そして到着したので馬車を降りたが……中々に厳しいようだ。
校門に入ると、俺に一斉に視線が集まる。
「あっ……リオン殿下」
「い、一緒の学校なんだ……」
不敬に値するので悪口こそ言われないが、めちゃくちゃ遠巻きにされた。
その視線からは、俺を恐れる気持ちが伝わってくる。
以前の俺なら、この時点で当たり散らしていたに違いない。
「……だが、今の俺は違う」
本来のルートなら暴れて幽閉され、その鬱憤を晴らすために学園で横暴を働く。
それにより、一気にイメージが悪くなる。
しかし最初の破滅の一歩を回避したし、ここからならまだ挽回できるはず……できるよな?
「はぁ、道のりは遠そうだな」
すると、後者の入り口前で人集りが出来ていた。
気になり向かうと、そこでは平民らしき女の子が貴族の男子に蹴られていた。
なぜわかったかと言うと、貴族の制服は赤、平民の制服は青と決まっているからだ。
「この愚図が! 俺様にぶつかりやがって! ただでさえ、平民がいるのが気に食わないと言うのに!」
「ご、ごめんなさい!」
「だったらさっさと辞めちまえ! この由緒ある学校に平民などいらん!」
「そ、それは……」
なるほど、気に食わない平民にいちゃもんをつけているのか。
まあ、平民導入制度は二年前からだ。
まだまだ、こういう事は起きるのだろう。
「さて、どうしたものか」
助けるのは簡単だが、あまり目立ちたくはない。
ゲームの内容が朧気な以上、何が破滅フラグに繋がるかわからん。
俺は面倒事を避けるため、その横を通り過ぎようとする。
「なんだ? 口答えするのか?」
「わ、わたしは辞めません! みんなの夢を叶えるために!」
「あ、あんだと……?」
その言葉により、男子の表情が変わる。
このままだと、今以上に酷い目にあうだろう。
「……気に食わんな」
言ってから、自分の言葉に驚く。
そうか、《《今の俺は》》気に食わんのか。
すると、男が女の子に拳を振り上げた。
俺の中のリオンは止めるが、手をかざし氷魔法を唱える。
「路面凍結」
「うおっ!?」
足元に展開させた氷の地面により、男が滑って転ぶ。
俺はその隙に、女の子を背にして男の前に立つ。
「いてて……誰だ!?」
「氷魔法を使えるのはこの国に俺しかいない」
「 リ、リオン殿下!?」
「ああ、そうだ。貴様、何をやってる?」
「い、いえ、ちょっと平民が生意気なことを言ったので。自分の身の程というやつをわからせておりました」
その言葉で、俺の怒りが頂点に達した。
「——恥を知れ」
「……へっ?」
「上に立つ者は下の者を守る義務があり、我々王族や貴族は平民によって生かされている。つまり、身の程を知るのは貴様の方だ」
「……な、何を言っているので?」
こいつが惚けるのは無理もないことだ。
この世界において貴族は特権階級であり、平民が逆らうことなど許されていない。
だからこそ主人公が立ち上がり、身分制度に挑んでいく。
「言葉通りだ、俺の目の前でくだらない事をするな」
「ほ、本当にどうしたのですか? リオン殿下とあろう方が……」
「二度は言わない……失せろ」
「っ……!? は、はい!」
胡麻擂りをしながら寄ってくる相手を一喝する。
すると、足早に去っていく。
そしてふと周りを見ると、先ほどより人が集まっていた。
「……いかん、つい感情的になりすぎた」
前世の頃、ああいった身分や階級を傘に来て威張る奴が大嫌いだった。
自分が運良く出世したり良い家に生まれ、それを偉そうにする奴が。
本人の努力もあるだろうが、それで他人を見下して良い理由にはならない。
「あ、あの! ありがとうございました!」
「むっ? ……いや、気にするな」
振り返ると、そこには先ほどの女子生徒がいた。
野暮ったく量の多い青髪が目にかかり、顔の全体像がよくわからない。
しかも、今はあちこちが汚れている。
「いえ! ぜひお礼を!」
「お主に何かできる? 俺を誰だと思ってる?」
「リ、リオン様でしたか? その、不勉強でごめんなさい……」
「俺を知らんか。まあ、気まぐれに助けたに過ぎん……さらばだ」
俺は急いで、その場を離れる。
そして、校舎裏に回って頭を抱えた。
「ぬガァァァァァァァア……!」
やってしまった! めちゃくちゃに目立っているではないか!
リオンとしての貴族意識、俺の破滅を避けたいという思いに偽りはない。
しかし、それを俺の前世の感覚が邪魔をする。
「そうだ……思い出してきた。俺は前世では家が貧しい事で虐められたり、それが一因で大学にも行けなかったり。それで、姉さんには散々迷惑をかけた」
結局は、上にいる連中にいいように使われることに。
そのストレスを発散するためもあり、甘いものを次々と食べていたんだ。
そして最終的には……そういうことだ。
「嫌な事を思い出してしまったな。さて、今後は静かにいかねば」
「ご主人、ご立派でした」
「……アンナ、いつからそこに?」
いつのまにか、横にはメイドのアンナがいた。
その目はキラキラと輝いているように見える。
「たった今です。ですが、先ほどの行動は見ておりました」
「そ、そうか」
「やはり、今までの姿は仮の姿。こちらが、本来の姿なのですね。私としたことが……申し訳ありませんでした」
……なんだろ、めちゃくちゃ勘違いされてそう。
いや、確かに今の俺はリオンと混じってるけど。
「さっきのはたまたまだ」
「ふふ、そういうことにするのですね。では、私も今まで通りに」
「だから……まあいい。しかし、目立ってしまったな。できれば、静かに過ごしたかったが」
「それは無理かと。ご主人様が入学した時点で、話題の中心になるかと」
「……それはそうだな」
立場的にも、それは中々に難しい。
俺が王太子争いに負けたのは、すぐに広まるはずだ。
「静かに過ごしたいのであれば、私に考えがございます」
「ふむ、述べよ」
「はっ……変わったという事を早めに周知させることかと。幸い、学園にいる多くの方々は以前のご主人様を知りません。なので、最初ならばイメージを変えるのは難しくないかと」
「なるほど……一理あるな」
おそらく、俺は今後もああいう場面を見たらイライラしてしまう。
その度にストレスを感じるのは良くない。
だったら、そういうキャラに変わったと思われる方が楽か。
「では、そのように?」
「ああ、採用しよう」
「では、私はそれを周知させる手配をいたします。そして、ご主人様の素晴らしさを知らしめるのです」
「おい、どういう意味……もういないし」
振り返った時、木の上に登っていくのが見えた。
相変わらず、身のこなしが尋常ではない。
「……まあ、良い。さっきのはプラスに考えよう」
印象を良くしていけば、破滅ルート回避に繋がるかも知れない。
そもそも、主人公は俺が酷い奴だから糾弾する。
だったら、良い人を演じたら良い。
「そして徐々にただのリオンとなっていき、フェードアウトしていけば良い」
最終的には権力のない地位につき、そこでのんびりと暮らすのだ。
今後の行動がまとまった俺は、校舎へと戻るのだった。




