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Colorful  作者: 須王瑠璃
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侍女の切り札

 ラーグは不意に首に回された腕に、ルシアの顔を見ようとしたが、その腕に力をこめられて彼女の方へと引き寄せられた。抗う必要も、抗う気持ちもなかったので、引き寄せられるままに彼女の肩口に顔を埋める。そうして拘束されてみると、どうして彼女がそのような行動に至ったのかがわかった。

 この態勢では、彼女の体に触れることができないのだ。

 一生懸命に彼の動きをおさえようと頑張っている姿が、可愛くて可笑しくてたまらない。


「ルシア?これじゃ動けないんだけど?」


 けれど、そんな内心を抑えて、声に不満をにじませてそう言ってみる。


「お動きにならなくていいんです!じっとしていて下さいませ!」


 彼女の少し勝ち誇ったような声が面白い。

 離して欲しがっていたくせに、じっとしていろとは。自分が墓穴を掘っているとは、考えも付かないようだ。


「じっとしてていいんだ?じゃあ、ずっとこのままでいようか」


 ラーグがそう言うと、案の定ルシアは硬直した。顔は見られないけれど、きっと泣きそうな顔をしているに違いない。ルシアの表情を想像して、小さく笑いがもれる。

 ルシアからは、ほのかに甘い香りがして心地いい。触れられないのは惜しいけれど、こうして柔らかい彼女を抱きしめているだけでも十分満たされる。正直「嫌い」と面と向かって言われたのには言葉以上に衝撃があったが、それもこうしていれば治まる気がする。このままじっとしていれば、再び眠りに落ちそうだった。


「ラーグ様は・・・」


 ゆったりした気分でいると、ルシアから小さな声が聞こえた。


「なに?」

「こういった・・・お相手をして下さる方は、沢山いらっしゃるのでしょう?」


 躊躇うようにゆっくりと紡がれる言葉に、ラーグは内心首をかしげる。


「もう私などに構わなくてもよいはずでしょう?」


 何が言いたいのか今一つ掴めなかったが、次に続く言葉は容易に想像できた。


「だから、私には構わないで下さいって?ルシア、君って本当に冷たくなったよね」

「お戯れも程々になさらないと大変な事になると、ご忠告さしあげているのです」

「お戯れじゃないんだけど?」


 ルシアは昔からこうだ。ラーグが何を言っても、戯れだ、戯言だと信じようとしない。

 ラーグは本当に彼女の事を気に入っているし、側に置いておきたいと思っているのに。


「それなら・・・それなら・・・」


 彼に茶化されたと思ったのか、ルシアが苛立ったように声をあげた。


「あの二年間の噂はなんだったのですか!」


 首元にしっかりと抱きついていた腕をほどいて、ラーグを睨みつけてくる。腕をほどかれた事を残念に思いつつも、彼はルシアの目に悲しそうな色が潜んでいることに戸惑った。


「二年間の噂って?」

「お綺麗な方々との秘め事の数々、この王宮にまで届いておりました!」


 さぁどうだ!とばかりに言い切るルシアに、彼はきょとんとした顔をする。


「そんな噂流れてたの?何?ここって、よっぽど娯楽に餓えてるの?」

「ラーグ様のお噂だからです!ご自分の影響力の高さを、ちゃんとご自覚下さいまし!」


 王子は「ふーん」と感心したのかなんなのか、わからない声をあげた。


 ごまかそうとなさったって、そうはいかないんですから!


 いくら気にしないようにと思っていても、耳に入る度に動揺をおさえることができなかった数々の噂。


 もし、自分もお遊び程度の気持ちで構われているだけなら?


 本当も何もない、おふざけだったとしたら?

 

 そりゃあルシアはただの庶民で、ラーグは大国の王子様。身分違いも甚だしいし、そんな夢を見る方が馬鹿らしいとルシアは思う。


 だからといって。


 ―こんなにも、盛大に迷惑をかけられているというのに、それってアリなんですか?―


 噂を聞いて考える度に、腹が立って仕方なくて、ついつい甘いものを自棄食いしてしまったりしたのだ。


 これだけ傍迷惑に構われているっているのに、それが本当にこれっぽっちも心のない、ただのお遊びなんだったら、迷惑かけられたこちらが馬鹿みたいじゃないですか!

 そう!ただそれだけなんですから!大体自棄食いしたおかげで、体重が増えていたらどうしてくれるんですか!怖くて量ってないですけど!


 轟々と燃え盛るルシアの心の内を知らず、ラーグは少し考える素振りをした後、見る者を蕩かすような笑顔を浮かべた。


「ルシア、それってヤキモチ?」


 さも嬉しげに言う。


「・・・は?」


 それは予想していなかった言葉だった。あまりの自己中心的な考え方に、ルシアは唖然とする。


「そうだったのですか!ルシア嬢!」


 さらには後方から聞き覚えがありすぎて仕方ない声が、ものすごく驚きました!という雰囲気をただよわせて聞こえてくる。ただし棒読みであるが。

 振り返ればそこには案の定、片手で口元を閉じ、もう片手で胸元を握り締めて、驚愕に顔を引きつらせているティルガ・ディキンスがいた。


「・・・・・ティルガ様。いつからそこにいらっしゃったのですか?」


 ルシアの静かな問いかけに、ティルガはすぐさま胸を張って答える。


「さて。かれこれ、いつからになりますかなぁ」

「早く正直にお答えいただきませんと、イーシャ様に言いつけます」

「ラーグ様がルシア嬢を押し倒された時には、もうここに控えていました」


と、いう事は、この男はそれからのアレコレをずっと見ていたというのか!


「なぜ助けてくださらなかったのですか!!」


 いまだに上にのしかかっているラーグを押しのけ、ルシアは体を起こすとティルガに食って掛かった。


「いや、ラーグ様が目で殺すぞと脅されるもので・・・」

「!!」


 ラーグを振り返ると、同じように体を起こした彼はルシアの視線に爽やかに微笑を返す。


「ここにティルガ様がいらっしゃるのをご存知だったんですか!」


 知ってて、あんなこっ恥ずかしい真似をしていたのか!


「それにしてもルシア嬢は大胆でしたねぇ。自分から抱きつくなんて、まぁ・・・」

「ルシアは柔らかくて気持ちいい上に、いい匂いがするんだよ」

「!!」


 震える彼女を無視して話し出す男どもに、ルシアは胡乱な目を向け懐から丸いなにかをとりだした。銀色の枠に透明感のある青色の宝石をはめこんであるそれは、一見ただのブローチのように見える。

 ルシアは、その青の宝石に触れると平坦な声で言った。


「イーシャ様、ルシアです。恐れ入りますが、ご足労願えませんでしょうか」


 その言葉を聞いて、談笑していた二人は慌ててルシアを見やった。彼女はそれを再び懐に戻すと、にっこりと微笑んだ。


「少々お待ちくださいませ。今すぐにいらっしゃるそうですから」


 ルシアが言い終わるか終わらないかのうちに、彼女の目の前に黒い穴が開き、そこから泣く子も黙るイーシャが現れた。


「確か執務室で仕事を片づけていらっしゃるはずのラーグ様が、何故ここにいるのでしょうね?さらにはラナスフィア様の護衛をしているはずのティルガはここで一体何をしているんだ?」

「イ・・・イーシャ・・・」

「兄上・・・」


 逃走する機会を逃した二人は、彼の前でただただ固まるのみ。

 青の宝石は、イーシャに直通で通じる通信機。日頃ラーグに困らされているルシアを不憫に思ったイーシャが、数年前に手ずから作った魔法具である。通信機能以外にも、ルシアの居場所を知らせる機能がついているので、逃亡すれば、まず間違いなくルシアの元に行くラーグを発見する際にも役立っている。

 こうやって実際にルシアがイーシャと通信するのは、今回が実用してから初めてであったが、感度も機能も良好だ。

 忙しく働いているイーシャを、こうして呼び出すのは気がひけたが、今回のことは腹に据えかねたのである。


 性質が悪いにもほどがあります!


 イーシャに怒られている二人を見やって、ルシアは溜飲を下げる。結局イーシャの手を煩わせる事になってしまったが、これでラーグも仕事に戻らざるをえないだろうし、王女もなんとか許してくれるだろう。それに王女は王女で、仕事をサボっていたティルガを叱るのに忙しくなるはずだ。


「ルシア、連絡ありがとう。いつも迷惑をかけてすいませんね。ひとまずラーグ様は僕が引き取ります。ティルガに関しては、僕からラナスフィア様にお伝えしておくから。・・・ティルガ、わかっているな?」


 ひとしきり王子と弟を叱りつけたイーシャは、ルシアに優しく声をかけ、ラーグの襟首をつかむ。そして弟に極寒の視線を投げつける。


「はい、兄上!申し訳ございません!」


 それを受けて直立不動で立つティルガの顔色は青く、普段の飄々とした姿が嘘のようであった。


「じゃあ、ルシア。後は自分の仕事に戻ってもらって構わないからね」


 最後にもう一度ルシアに声をかけると、イーシャは王子の襟首を掴んだまま、でてきた黒い穴へと向かう。

「ありがとうございます。お忙しいのにわざわざご足労頂きまして、申し訳ございませんでした」

「あ、ルシア」


 その姿に一礼して微笑むルシアに、ラーグが声をかける。

 まだ何か御用でも?と不機嫌に睨みつけると、ラーグは珍しく苦笑して


「あの噂、ルシアには関係ないから。君が気にすることじゃない」


 そう言うと、黒い穴へと消えていった。

 後には、ラーグの言葉に呆然と立ち尽くすルシアと、嘆息して天を仰ぐティルガのみが残された。




御覧下さり、ありがとうございます。

ちょっとぐだぐだになってしまいました;

もうちょっとスマートになるとよかったんですけどねぇ・・・。

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